総合科学研究機構(CROSS),新潟大学,日本原子力研究開発機構は,イットリウム鉄ガーネット(YIG)において,スピン・格子結合が100K以上の温度で抑制されることを超音波と中性子を組み合わせた新実験手法により明らかにした(ニュースリリース)。
近年,電子の量子力学的な回転である「スピン」を使う発電法が見出され,盛んに研究されてる。
スピンを使った場合,個々の発電量はごく微量なものの,機械的な要素が不要で,薄膜など単純な構造で安価に実現できる利点がある。このため,IoTの基礎となるマイクロセンサー網の自立用電源として,環境中の熱や音などの振動から電力を収穫する「エネルギーハーベスティング(環境発電)」技術への寄与が期待されている。
スピンを使って熱を電力に変換する原理の「スピンゼーベック効果」はその代表だが,その実測電圧は,100K以上で理論計算値を大幅に下回るという問題が知られいた。そこで研究では,超音波と中性子を組み合わせた実験手法を開発し,この理論と実験の差が生じる原因を探った。
研究では,スピンゼーベック効果の研究によく用いられるYIG結晶に超音波をあて,中性子準弾性散乱法でスピンの応答を調べた。その結果,中性子散乱の信号強度が低温と室温付近の間で大きく異なることを発見した。
その温度変化を詳しく調べたところ,ある結晶の軸方向に縦波の超音波を入れた場合に温度100K以上で信号が著しく減少し,スピンゼーベック効果による電圧が減少しはじめる温度と一致することが確認された。
今回の手法では,超音波で格子を振動させて(格子を奏でて),中性子でスピンのみに感度のある磁気ブラッグピークの変化を検出している(スピンの響きを聴く)ことから,スピンと格子の結びつきの度合い(スピン・格子結合)を直接調べている。すなわち,このスピン・格子結合が100K以上で急激に弱まり格子の振動がスピンに伝わりにくくなることが,スピンによる発電の高効率化を妨げる主要因と考えられるという。
超音波は,電波を分離するフィルターとして携帯電話の技術に応用されているが,これまで磁性体の中性子散乱実験における効果はまったく調べられていなかった。他方,中性子散乱は,格子の振動やスピンの振動を調べることが得意だが,その間の結合にまで迫りきれていなかった。
今回,外場として超音波を加え,中性子で様々な物質のスピン・格子結合を調べることが可能になり,より強いスピン・格子結合の物質を探索する新しい実験手法が得られた。研究グループは今後,室温でスピンによる発電効率を大きく上昇させる物質の探索に貢献するとしている。