名古屋大学と豪西オーストラリア大学は,耐塩性の高いイネ科牧草ローズグラスにおいて,高濃度のナトリウム蓄積をはじめとする様々な元素の葉組織内での局在を可視化し,塩害環境下でも高い光合成能力を維持する仕組みの一端を解明した(ニュースリリース)。
一般的な作物では,土壌の塩濃度が高いと吸水が阻害されて光合成能力が弱まり,更に葉内のイオン濃度が高まると,葉緑体が傷害を受けて枯死に至る。ところが,ローズグラス(和名:アフリカヒゲシバ)は,葉内のイオン濃度を高めることで吸水能力を保つことができる耐塩性植物として知られる。
しかし,耐塩性植物においても,細胞基質や葉緑体におけるイオン毒性への感受性は変わらず,イオンは葉組織内で均一に分布していない可能性が示唆されてきたが,ローズグラスのようなイネ科の耐塩性植物で,イオン濃度を細胞レベルで比較した例はなかった。
特に,ローズグラスはC4植物に分類され,維管束を取り囲む維管束鞘細胞が発達しており,その外側を囲む葉肉細胞と連携して光合成を行なっているため,これらの細胞や内部の葉緑体におけるイオンの分布が分かれば,高い塩濃度においても光合成能力を保ち続ける仕組みを理解できると考えた。
研究では,ローズグラスが,高塩濃度下においても生育を続け,光合成能力を維持できることをまず確かめた。葉内のナトリウム濃度は対照区に比べ約30倍高い(約240mM)塩分を溜めていたが,葉緑体などに目立たった傷害は見られなかった。
更に研究では,葉を液体窒素で凍らせたまま切削して平滑な組織断面を露出させ,エネルギー分散型X線分析装置を搭載したクライオ走査型電子顕微鏡によって冷却したまま元素分析を行ない,細胞内のイオンを流出させることなく,内部の微細構造と併せてナトリウム,リン,硫黄,塩素,カリウム,カルシウム等の分布をマッピングして可視化することに成功した。
この手法では定性的な観察だけではなく,定量的な解析が可能であり,組織構造を示す炭素および酸素のマップに基づいて領域分けすることで,各細胞や葉緑体,液胞における濃度を算出して比較も可能となった。
これらの解析結果より,耐塩性の高いローズグラスでは,有害な濃度のナトリウムは光合成を担う維管束鞘細胞や葉肉細胞で少なく,表皮細胞で多くなるように偏在し,細胞内では葉緑体で濃度が低くなるように液胞に隔離されていることが明らかとなった。
特に,維管束内では木部柔細胞がナトリウムを高濃度に蓄積することが初めて示された他,カリウム濃度もナトリウムとのバランス(K/Na比)が低下し過ぎないように細胞ごとに変動していることや,塩処理に応答したリンや硫黄の蓄積,維管束鞘細胞に特異的なカルシウムの局在などが明らかとなった。
研究グループはこの成果について,広くイネ科作物の耐塩性強化に繋げられるものだとしている。