沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究グループは,高度なイメージング技術と解析技術を用いて,覚醒しているマウスの脳内で単一アストロサイト内のシグナル伝達を前例のないほど詳細かつ高速に記録することに成功した(ニュースリリース)。
脳内を錯綜するニューロンの間には,アストロサイトをはじめとするさまざまな種類の脳細胞が詰め込まれている。
アストロサイトはこれまでほとんど注目されず,ニューロンに栄養を供給し,その老廃物を除去するヘルパー細胞のような存在にすぎないと考えられていた。しかし近年,ニューロン同士がシナプスで伝達し合う化学的なメッセージをアストロサイトが聞き取り,独自のシグナルで応答することが示されている。
ただ,これまでに検出されたシグナルは,ニューロンで検出されたシグナルに比べて速さが約10倍も遅かったため,アストロサイトは情報を処理するには遅すぎると考えられていた。
今回研究グループが開発した新たなツールによって,生体内でアストロサイトがニューロンと同程度の速さである300ミリ秒以下でシグナルを伝達していることが,初めて示された。
このツールの開発は,通常は遺伝子治療に使われるウイルスが,ニューロンからアストロサイトへ 「跳び移る 」ことができるという新発見に基づくもの。研究で使用したアデノ随伴ウイルスに,感染した細胞に蛍光色素を生成させる遺伝子を組み込まみ,この蛍光色素によって,細胞はカルシウムがあると光度が増すように標識される。カルシウムは,生きた細胞内のシグナル伝達活動を示す指標となる。
アストロサイトを標識後,研究グループは自作の二光子顕微鏡で,活動中の覚醒マウスの単一アストロサイトをピンポイントで撮影,解析したところ,それまでに見たことのないほど超高速で点滅するカルシウムシグナルを検出し,そのパターンを偏りなく評価することができた。
その結果,マウスのヒゲをくすぐるという感覚刺激を与えた場合には,カルシウムシグナルがほとんど見られなかったのに対し,マウスが走ったり歩いたりといった特定の行動を取ったときには,カルシウムシグナルの活動が活発になった。また,アストロサイトの中には,活動レベルが高い特定領域,つまりホットスポットがあることも分かった。
さらに,マウスがどのような行動を取るかによって,それぞれの行動に対応する特有のホットスポットのパターンがあることも分かった。これらのホットスポットの分布は,特定の行動や記憶を表すパターンである記憶痕跡(エングラム)を表している可能性を示唆するもの。
研究グループは今後,マウスに薬剤を投与したり行動を学習させたりすることで,その活動パターンにどのような影響があるかを調査するとしている。