産業技術総合研究所(産総研),理化学研究所,東京大学,東北大学は,強磁場発生装置を用いることなく電気抵抗の精密測定(8桁の精度)を可能にする新型量子抵抗標準素子を開発した(ニュースリリース)。
現在,異なる国や地域においても測定値にずれが生じないように,「量子ホール効果」により電気抵抗の値が量子化抵抗値と呼ばれる一定値をとる量子ホール素子を抵抗測定の基準(抵抗標準)として採用している。
量子ホール効果は強磁場下で発現する現象であるため,超伝導電磁石などの大型で高価な強磁場発生装置を用いる必要があり,強磁場を用いずに利用可能な抵抗標準の開発が世界各国で進められていた。
量子異常ホール効果はビスマス,アンチモン,テルル,クロムの4つの元素を適切な比で組み合わせたトポロジカル絶縁体などにおいて発現する。理想的には,これら4つの元素の比が均一であることが求められるが,実際に作製されるトポロジカル絶縁体では,濃度のばらつきにより電流に対する不安定性の原因となっていた。
今回,元素の比や素子構造,素子作製時の温度などの条件を最適化することによって不均一性を低減し,電流に対する安定性を改善した。作製した素子の抵抗測定を行なったところ,2μA程度の電流を流しても量子化抵抗値を維持できることが分かった。この電流量は,これまでに報告されている値より2桁程度大きく,測定電流に対する安定性が大幅に改善したことを示している。
強磁場発生装置をの代わりに,素子と小型磁石を組み合わせたプロトタイプを開発。超伝導電磁石と比較して,磁場発生部分で体積25万分の1,重量2万分の1と大幅な小型軽量化を実現した。これより,冷凍機を含めた抵抗標準装置全体の小型化が可能になる。
コストの面でも,1千万円前後する高価な超伝導電磁石を100円未満の小型磁石に代替でき,かつ冷凍機もより安価で小型なものにできる。また,小型磁石は磁場が漏れる範囲もセンチメートル程度と小さく,実験環境への影響もほとんどない。
開発したプロトタイプの性能評価のために,小型磁石を用いて発現させた量子異常ホール効果を利用する新型抵抗標準素子と,強磁場発生装置を用いて発現させた量子ホール効果を利用する従来の抵抗標準素子のそれぞれの抵抗値を求めた。
この測定から,強磁場発生装置を用いない新型素子は,強磁場発生装置を用いた従来の素子と同様に8桁の精度を持つ抵抗標準を実現でき,不確かさを考慮しても,国家標準と同等精度の抵抗標準として利用できることを確認したという。
研究グループは,多くのユーザーが使えるよう,小型軽量化した精密電気計測装置などの開発に取り組むとしている。