慶應義塾大学は,心理学的に厳密な手法を用いて,没入型ヴァーチャルリアリティ(VR)環境における物体の大きさ知覚のバイアス,および仮想手を用いた物を掴む運動(到達把持運動)の特徴を明らかにした(ニュースリリース)。
VR環境において,現実と網膜上で同じ大きさに設定した物体が「小さく見える」といった内観は以前から報告されてきた。また,VR環境において仮想的な手を出現させて仮想物体を操作したとき,手指の操作が現実環境とどのように異なるかは明らかではなかった。そこで研究では,心理学的に厳密な統制および測定手法を用いて,VR環境におけるサイズ知覚と把持運動の特徴を検討するために二つの課題を行なった。
①物体の大きさ判断課題
VR環境内に呈示したさまざまな大きさの物体(手・ジュースの缶)が「自身の記憶の中の物体と比較して大きいか/小さいか」を二択で判断する課題を行なった。また,物体を呈示する位置(近位 VS遠位),仮想手と実際の手の位置の関係(一致 VS 不一致),仮想手を使った物体操作運動をする経験(運動前 VS 運動後)という3つの要因が知覚に与える影響を検討した。
その結果,①VR環境の物体は,それが仮想手でも日常物品でも,主観的等価点の平均値が約95%であること(約5%の過小評価),②大きさ知覚の弁別閾の平均値は実際の大きさの約3%であること,③過小評価は検討した3つの要因すべてに影響を受けないこと,④過小評価の大きさは,参加者の手の大きさと正の相関を持つこと(相関係数0.32)が明らかとなった。
②到達把持運動課題
VR環境内において,仮想手を用いてターゲットを掴む運動(到達把持運動)を行ない,その際の親指と人差し指の開き具合の変化を実験条件ごとに検討した。ターゲットの触覚FB(フィードバックあり VS なし)と仮想手の形状(CGの手 VS 親指と人差し指の位置のみ球として呈示)という要因を操作し,現実環境における到達把持運動と比較した。
その結果,①仮想環境条件すべてにおいて現実環境よりも運動時間が長くなること,②指の最大開き幅は触覚FBがない条件では現実環境とあまり変わらないものの,触覚FBがある場合(実際に掴める場合)には現実環境よりも約4割(約1.5cm)も大きくなること,③すべての仮想環境において,指の開き幅がピークになるタイミングが早まることが明らかとなったという。
この研究から,仮想物体と相互作用しやすいVR環境の構築のためには,より視覚面での技術向上が必要であることが示唆されたとしている。