北海道大学の研究グループは,実用の半導体光デバイス材料であるインジウムガリウムヒ素(InGaAs)量子ドットを用いたスピン発光ダイオード(LED)を開発し,室温安定動作を達成するとともに,デバイス性能を支配する半導体中の電子スピン輸送におけるスピン保存率を定量的に評価できる手法を確立した(ニュースリリース)。
高度情報化社会の持続的発展には,電力消費なしに情報を保持する電子のスピン状態とエネルギー熱損失のない情報伝送を担う光の間で,スピン情報の直接変換が可能なスピン発光ダイオード(LED)の開発が鍵を握るが,スピンLEDの安定した室温動作は達成されていなかった。
研究では,光学活性層にpドープIn0.5Ga0.5As量子ドット,スピン輸送バリアにAl0.1Ga0.9As/GaAs,スピン注入源にFe/MgOを用いた量子ドットスピンLEDを作製。スピン分解円偏光発光分光により,半導体中の電子スピン偏極率に対応する発光の円偏光度(光スピン情報)を測定した。
また,電子スピンの注入や緩和などのダイナミクスを超高速スピン分解発光分光により測定し,量子ドットの光スピン変換効率やスピン輸送バリアの電子スピン保存率を調べた。
125Kでの円偏光度2%に対して,室温で8%の円偏光度を観測した。これは量子ドットスピンLEDの室温での最大報告値5%を上回っており,高効率の室温動作を達成した。また,200Kを超える温度では,注入電流の増加に伴う円偏光度の低下が大きくなった。
次に,そのメカニズムを調べた。量子ドットの発光減衰時間は電子の熱脱離により高温で急激に減少する一方,スピン緩和時間は強い量子効果により温度に対してほぼ一定だった。
その結果,量子ドットの光スピン変換効率は温度上昇とともに大きく増加し,室温で最大値69%が得られた。一方,輸送中のスピン保存率は200Kを超えると低下し,強い発光が得られる高電流条件では電界誘起のスピン緩和が働き,室温で10%以下になることを明らかにした。
今回の研究成果により,スピンLEDの実用性能が半導体中の電子スピン輸送におけるスピン保存率に依存することが定量的に明らかになったことで,室温で電子スピンを保持しながら発光層まで輸送できる新たなスピン輸送バリアの開発に向けた研究の加速が期待されるという。
また,研究により量子ドットの高いスピン保持特性が室温で実証されたことで,量子ドットを情報変換媒体に用いた光スピン変換素子の開発に向けた実用研究が急速に加速することも期待されるとしている。