京都大学,量子科学技術研究開発機構,インド大学間加速器研究センターは,放射線がん治療などに有効な粒子線を用いて,ごくありふれた有機分子を自在にナノ空間内で凝固させ、数ナノメートル径の細線を形成することに成功した(ニュースリリース)。
半導体の主役であるシリコンである無機物質・酸化物に比べて有機物質は破格に柔らかい。化学反応をもとにした構造形成において,細長い構造の形成に決定的に不利なため,アスペクト比が精々10程度の構造を直立させて作りこむことすら困難だった。そこで研究グループはこの問題に,がん治療に用いられつつある,高エネルギー粒子線をもって挑んだ。
高エネルギー粒子線が物質に突入すると,速度が十分に速い間は,その運動エネルギーを少しづつ連続的に物質に与えながら直進する。このエネルギーは,少しづつではあっても,例えば光子のエネルギーよりははるかに大きいため,その軌道に沿ったごく狭い空間の中だけに化学反応を引き起こせる。
この粒子線の軌道に沿って化学反応を引き起こし,反応していない分子のみを昇華させて取り除くことにより,極めて細長い構造を基板上に直立させるナノワイヤーを作製できる。一つのナノワイヤーは,材料中を通過するたった一つの原子 (イオン)によって形成されるため,光や放射線を“集束”させる必要ががない。
この方法の特色は,この究極に細いビームによる高いアスペクト比の直立構造という特色以外に,5つの特徴がある。
① 一つの原子(粒子)で一つの構造を形成するという,極めて効率の良い形成手法である。
② 数nmという現代の最先端微細加工に匹敵・凌駕する微細性を持つ。
③ 太さ・長さなどが完全に均一で,そのゆらぎがほとんどない。
④ 身の回りにあるごくありふれた分子の多くを加工することができる。
⑤ 異なる物質を自由につなぎ合わせることができる。
例えば昇華性を持つさまざまな有機分子を自由に選択して,それぞれの分子をもとにしたナノワイヤーを自在に形成することができる。また,2種類の異なる有機分子を積み重ねて用いれば,二種類のナノワイヤーを自由に連結しつつ,直立した構造を形成できる。これらの連結型ナノワイヤーのさまざまな性質を測定することも容易で,この例では,ナノサイズのダイオードのように,整流特性を示すことが明らかになったという。
例えば“真直ぐに進む”という性質をうまく用いれば,ナノワイヤー同士の3次元構造も簡単に作成することができるとする。研究グループは,この極微細な直立型ナノワイヤーの界面を利用した超高感度センサーや,触媒特性・光エネルギー変換材料などへの展開を進めているとしている。