九州大学の研究グループは,新たに開発した有機発光材料において,スピン反転を伴う励起一重項状態と励起三重項状態間の可逆的かつ高速な項間交差(異なるスピン多重度の電子状態間の無放射遷移)により,両励起状態間の熱平衡が近似的に成立することを見出した(ニュースリリース)。
熱平衡は熱力学の基本概念であり,いかに複雑な分子系であっても熱平衡状態にあれば,その振る舞いを熱力学の法則から予測することができる。
例えば,次世代の有機EL材料として期待されている熱活性化遅延蛍光(TADF)材料において,励起一重項状態と励起三重項状態間の熱平衡を仮定すれば,その発光寿命を単純な数理モデルで表すことができる。しかし,励起一重項状態から基底状態への放射失活により比較的短い時間しか存在しない有機発光材料の励起状態において,このような異なるスピン多重度間での理想的な熱平衡状態を実現するのは難しかった。
研究グループは,開発したTADF材料が,108s–1(1秒間に1億回)以上の世界最速かつ可逆的な項間交差が可能であり,励起一重項状態と励起三重項励起状態間の熱平衡モデルに従って発光することを明らかにした。
常温における発光寿命は,TADF材料として極めて短い750nsに到達し,熱平衡モデルの予測値と良い一致を示した。この短い発光寿命に由来して,この材料を用いた有機ELデバイスは,10,000cdm−2以上の高輝度においても20%以上の高い外部EL量子効率を達成した。TADF材料の本質的課題であった高輝度時の効率低下を抑制することに成功した。
有機ELデバイスの高輝度・高効率化のためには,高速に励起三重項状態を励起一重項状態に変換して発光させることが必要。研究グループは今回,高速スピン変換可能な有機発光材料を探索する過程で,両励起状態間の熱平衡という興味深い現象を見出した。今後,同様の挙動を示す分子群が発光材料開発の中心となることが期待されるとしている。