東京大学と山梨大学は,黄色光(580nm)という長波長光で活性化できるKFL-1ケージド化合物を開発した(ニュースリリース)。
光照射をトリガーとして生理活性物質を放出するケージド化合物は,細胞内のシグナル伝達を制御する目的で広く用いられてきた。神経科学分野では,グルタミン酸やGABAといった神経伝達物質がケージド化され,光を用いた神経活動の制御が試みられてきた。
一方,神経科学の有用なモデル生物である線虫に対しては,蛍光色素BODIPYが長波長光で使用可能なケージ基として振る舞うという知見が得られていた。そこで研究グループは,黄色光という長波長光で励起可能で幅の狭い吸収スペクトルを持ち,BODIPY誘導体の中でも大きなモル吸光係数を持つKeio Fluors-1(KFL-1)に注目した。
KFL-1のケージ基としての基礎的な振る舞いを検証した結果をもとに,合成カプサイシンN-Vanillylnonanamide(VN)をケージド化し,KFL-VN を合成した。580nmの黄色光を照射すると,KFL-VNは分解してVNが放出されることを確認した。
次に,KFL-VNを用いることで神経細胞の活動を光で活性化できるか検証するため作製した線虫株にKFL-VNを与え黄色光を照射したところ,神経細胞に発現した蛍光カルシウムセンサーの蛍光上昇が観察された。
また,KFL-VNを与えた線虫を寒天プレート上にのせ,自由に動き回らせて光照射したところ,神経細胞の活性化によって危険からの回避行動を引き起こすことに成功した。感覚神経に加えて,筋肉,運動神経,介在神経においても,KFL-VNを適用することで,光による神経活動の活性化を達成した。
観察にあたっては,PDMS樹脂製のマイクロ流路デバイスを開発し,流路内に線虫を閉じ込めることでイメージングを行なった。とくに,筋肉および運動神経においては,マイクロ流路を活用することで,①KFL-VNによる神経活動の光制御,②蛍光カルシウムセンサーによる神経活動イメージング,③筋収縮あるいは産卵という行動の観察の3点を同時に実現したという。
この研究は,長波長のケージド化合物で神経活動と行動を光制御した世界初の報告だという。このケージド化合物は,光遺伝学とのスペクトル重複がないため,神経活動に人為的に介入しながら神経活動をイメージングできる。この手法により,神経伝達の障害から生じる神経・精神疾患,記憶学習障害などの病態解明・治療法開発の進展が期待されるとしている。