北里大学は,植物性芳香族ラクトン化合物であるクマリンをプロペラ状に縮合した三脚巴状分子の合成に成功し,特異な湾曲構造を有する新たな蛍光色素を開発した(ニュースリリース)。
近年,多環式芳香族炭化水素類(PAHs)の合成や物理的性質が注目されており,有機発光ダイオードや有機電界効果トランジスタなどの有機機能性材料への応用が期待されている。
一方で,クマリンはシナモンやトンカ豆などの植物に含まれる芳香族ラクトン化合物だが,化学修飾を施すことで強い蛍光発光を示すことが知られている。このクマリンとPAHsを組み合わせた新しい骨格を有する有機色素類は従来のクマリン類よりも優れた発光特性を示すことから注目されており,新たな発光色素分子として期待されている。
蛍光色素分子として知られるクマリンを三脚巴状に縮合させた発色団の合成に成功し,特異な湾曲構造を有する蛍光色素を開発した。この合成は銅粉末を用いた分子内ウルマン(Ullmann)反応を適用することで達成した。
反応点が三箇所あるにも関わらず,比較的良好な収率で得ることに成功した。また,単結晶X線結晶構造解析から,これらの分子構造は三回回転軸を有する対称性の高い分子であり,分子内の立体反発によってねじれ,その結果生じる右巻きと左巻きの2種類の構造が結晶内で二量体を形成していることが明らかになった。
理論的な計算から,これらの構造体間の反転に要するエネルギーは低いと見積もられ,溶液中では容易に分子反転を引き起こすことが判明した。希釈溶液中では微弱な発光を示すが,その溶液に水を加えていくと凝集体を形成し,発光強度が含水率に依存して5〜100倍まで上昇することを見出した。
これは凝集体の形成により分子反転などの運動が抑制され,分子のコンフォメーションが固定されたためだと考えられ,このように分子反転を抑制することで凝集誘起発光を発現する分子の報告例は少ないという。また,置換基の導入によるクマリン骨格の機能化に関する検討も行ない,溶媒の極性によって発光色調を変化させることにも成功した。
開発した有機色素は溶液中でも発光し,凝集状態でさらに強く発光することから,液体から凝集体まで,様々な用途に対応できる蛍光発光色素だとする。加えて,異なる置換基の導入も可能であることから,可視光領域における種々の発光色調の調整や医療分野で注目されている浸透の高い近赤外・赤外領域の色素レーザーの開発も期待できる。
また,分子反転を化学修飾によって抑制し,右巻きと左巻き構造を分離できれば,旋光性を発現することから,有機偏光板の構成成分としても展開でき,新たな分子性材料の開発に繋がるとしている。