東北大学,高エネルギー加速器研究機構はVO2をナノレベルまで薄くすると,従来とは異なる新しい電子相が現れることを明らかにした(ニュースリリース)。
電子同士がお互いに強く影響し合う「強相関電子」をもつVO2は,室温付近で電気抵抗率が数桁も変わる巨大な金属・絶縁体転移を示す。この転移は構造変化を伴って急激に起こるため,転移前後で電流を極めて大きく変化させることができ,省電力トランジスタが実現できると考えられている。
しかしながら,この物質の金属・絶縁体転移では,強い電子相関(モット転移)とVイオンの二量化(パイエルス転移)という二つの要因が複雑に絡み合っているため,デバイス設計の基礎となるナノ構造体における振る舞いはよく分かっていなかった。
一般に強相関電子の電子相転移を利用するモットトランジスタの場合,デバイスのオンとオフを切り替えるチャネル層の厚さは,数nm程度になる。しかしながら,強相関電子をもつ物質では,この領域で特性が大きく異なる。そのため,VO2を用いたデバイスの設計のためには,数nmの領域での電子状態の変化を調べる必要があった。
今回,研究グループは,レーザー分子線エピタキシ装置と光電子分光装置からなる複合装置を用いて,VO2ナノ構造を作製し,その場で高輝度放射光を用いて電子及び結晶構造(Vイオンの二量化)の厚さ依存性を調べた。
光電子分光測定の結果,特徴的なVO2の金属・絶縁体転移は,1.5nm厚(面直方向に沿ってVイオン5個分に相当)まで維持されることが明らかになった。このことは,VO2は1.5nm程度まではその性質を維持することを示している。一方で,それ以下の厚さでは単なる絶縁体として振る舞うことが明らかになった。
この極薄膜領域におけるVイオンの二量化の有無についてX線吸収分光測定による構造決定を行なったところ,絶縁体となった1.5nm以下の厚さのVO2ナノ構造においては,もはやVイオンの二量体は形成されていないことが明らかになった。さらに,詳細な電気特性評価を行ない,VO2ナノ構造の電子相図を決定した。
VO2を薄くすると強相関電子が2次元的に閉じ込められるため,サイズ効果としてモット不安定性が増大する一方,パイエルス不安定性が抑制されると考えられるという。詳細な解析の結果,1.5nm以下の厚さで現れる二量化を伴わないVO2の絶縁化は,低次元化による影響でこの2つの効果のバランスが崩れた結果,モット不安定性がパイエルス不安定性に打ち勝つことで生じていることを突き止めた。この成果は,モットトランジスタの開発に新しい展開をもたらすとしている。