東北大学らの国際共同研究グループは,弱い圧力を加えたシリコン中のホウ素原子に束縛された正孔において,非常に長いコヒーレンス時間を観測した(ニュースリリース)。
近年,量子コンピューターに代表される量子情報技術が著しい発展を見せている。特に半導体中のスピンを用いた量子ビットは,長いコヒーレンス時間と既存の半導体製造設備との親和性から,大規模な量子コンピューターを実現する上で注目されている。
量子コンピューターを構築する上では電場を介した量子ビットの制御が求められる。これを実現するために,これまで強いスピン軌道相互作用をもつ材料で量子ビットを形成する試みがなされてきた。
しかし,このような材料で形成された量子ビットは,コヒーレンス時間が100nsから1ms程度と非常に短く,量子コンピューターに利用するのは困難だった。
研究では,同位体濃縮で得られたシリコン28(28Si)結晶中のホウ素不純物原子に束縛された正孔に着目。シリコン中の正孔は強いスピン軌道相互作用を持つ。特にホウ素原子に束縛された正孔では,ホウ素原子の空間的に対称性の高い閉じ込めポテンシャルを反映して,特異なエネルギー準位配置が実現する。
このエネルギー準位配置では,外場によってスピン軌道相互作用を制御することが容易であるという利点がある。ここでは,薄い28Si結晶を溶融石英板に貼り合わて結晶にわずかな歪みを加え,スピン軌道相互作用を調整した。
このわずかに歪んだ結晶に含まれるホウ素不純物に対しコヒーレンス時間を測定した。この測定から,一般的なスピン量子ビット測定と同等の極低温において,ホウ素原子に束縛された正孔が0.9msというコヒーレンス時間を持つことを見出した。
この値は,歪みを加えていない結晶で測定された23μsと比較して一桁以上長いことから,歪みによるスピン軌道相互作用の制御によりコヒーレンス時間が改善されたことがわかる。また電磁場の揺らぎの影響を抑えた場合,コヒーレンス時間は9msまで延長された。
今回観測されたコヒーレンス時間は,従来のスピン軌道相互作用を持つ量子ビットと比較して104~105倍と大幅に改善された。これはスピン軌道相互作用が弱いスピン量子ビットにおいて観測されているHahnエコー・コヒーレンス時間(数ms)にも匹敵し,量子技術への応用に有望であることを示すもの。
今回,シリコン中のホウ素原子によって量子ビットを形成することで,スピン軌道相互作用を利用した高い機能性と拡張性を実現できることが示された。これは,半導体量子コンピューターの開発に道筋を示すものだとしている。