理化学研究所(理研)と慶應義塾大学の共同研究グループは,量子力学的な多数の粒子系(量子多体系)の情報伝達における新たな物理法則を発見した(ニュースリリース)。
量子多体系において長距離で働く力は,どんなに遠く離れた粒子間でも瞬時に影響が伝わるため,たとえ素早く減衰したとしても,情報の伝達速度が無限大になる可能性がある。1972年にリープとロビンソンは,量子多体系において粒子間に短距離力が働くとき,情報伝達速度が有限であることを導き,古典力学系と同様に情報伝達に限界があることを示した。この有限の情報伝達速度を「リープ・ロビンソン速度」,情報伝達の限界を「リープ・ロビンソン限界」という。
また,このような情報伝達の性質は,情報を担う光が空間を広がるイメージとの類推から「線形光円錐」と呼ばれる。近年,量子コンピューターを用いた計算を行なう際の必要量子回路数の計算や物質の低温特性の解明などにおいて,リープ・ロビンソン速度の有限性はますます重要になってきている。
さらに,重力や電子間に働くクーロン力をはじめ,水分子のような極性分子の間に働く力,ミクロな磁石の構成分子の間に働く力のように,遠くまで到達する力(長距離力)が存在する。十分に離れた粒子間の力は非常に小さくなるため情報伝達速度が有限になる可能性がある。長距離量子多体系において,どのような条件で情報伝達速度が有限になるかは「線形光円錐問題」と呼ばれ,自然界の情報伝達における最も重要な未解決課題の一つになっていた。
今回,研究グループは,量子多体系において長距離力が粒子間に存在するとき,情報伝達速度が有限になる一般的な条件を数学的に導いた。この条件は,数学的には「リープ・ロビンソン限界」で定式化される情報伝達速度の有限性のための条件で定式化される。また,この研究で与えた条件が線形光円錐問題の最適解であることも証明した。
量子多体系の時間発展に課せられる普遍的な制約は,例えば量子コンピューティングに課せられる制約と大きな関連を持つなど,基礎論としての興味を超えて多くの具体的な適用例がある。この研究の成果は,冷却原子系をはじめとした量子系の基礎的な物理法則の理解に今後大きく貢献することが期待できるとしている。