理化学研究所(理研)と東北大学の研究グループは,電子の波動性を利用した「電子線ホログラフィー」技術を発展させ,各種の絶縁材料表面における電荷の移動を電場の乱れから,またスピン偏極の様子を磁束の変化から直接観察することに初めて成功した(ニュースリリース)。
研究グループは,真空中に浮遊する自由電子を直接観察することを目的に「電子線ホログラフィー」による観察を試みてきた。2014年には,電子が移動する様子を検出するには。電場の乱れによる干渉縞の消失の度合いの変化が検出できる振幅再生法が有効であることを見いだし,電子線ホログラフィーの観察技術は電子の干渉効果(弾性散乱)を用いて,電子群などの観察対象の系を乱さないことも証明している。
一方,2016年には,観察の対象となる絶縁材料に集束イオンビーム(FIB)による微細加工を行なうと,イオンビームを構成する金属元素が試料表面に残存し,その金属元素が2次電子の基板への移動を誘起するため,絶縁材料への電子の蓄積が抑制されることを指摘した。こうした観察結果を踏まえ,今回研究グループは,各種絶縁材料について巧みな微細加工による表面状態の制御を行ない,電荷の移動とスピン偏極の様子の直接観察を試みた。
研究グループは,強誘電体で絶縁性を示すチタン酸バリウム(BaTiO3)試料の破面を利用して電子を局所領域に蓄積することに成功し,強い電場の乱れが誘起された様子を観察した。また,絶縁体である雲母の針状試料を作製し,雲母周辺の2次電子のスピンが次第に偏極していく(スピンの向きがそろっていく)様子を明瞭に捉えた。
こうした電子挙動の直接観察を通して,電子の電荷保存則がナノメートルスケールで成立し,マックスウェル方程式で記述される電磁場が,特殊相対性理論と整合することを証明した。一方,観察手法に用いた電子のマイクロメートルスケールに及ぶ波動性は,電荷には依存せず,量子として電子のド・ブロイ波長を構成する質量や運動量に依存し,その場は,一般相対性理論に基づくアインシュタインの場の方程式によって取り扱われるべきであることを指摘した。
今回,微細加工技術を駆使して各種絶縁体表面でその分布が自在に制御でき,磁場印加によりスピンが偏極する様子も捉えられることが分かった。代表的な素粒子としての電子の挙動を制御し,そしてその様子を直接観察可能にした観測技術開発に関する本研究成果の意義は,基礎的にも応用面でも極めて大きいとしている。