量子科学技術研究開発機構(量研),広島大学,大阪大学,京都大学の研究グループは,大きさが1万分の1mm以下のナノサイズの特殊なダイヤモンドをセンサーとして用い,1分子のたんぱく質が回転する動きを捉えることに成功した(ニュースリリース)。
近年,センサーは身近なものになってきており,例えば,カメラの手ブレ補正や自動運転車なども,超小型の回転センサーの登場で実現した。もし細胞内で使えるほど小さな回転センサーが開発されたなら,細胞や分子の微妙な運動変化を敏感に捉えることができるようになり,生命における多くの謎の解明につながる。
これまで2014年にノーベル化学賞を受賞した超解像蛍光顕微鏡が開発されたことで,位置変化を伴う生体分子の平行移動(並進運動)については,微細な動きを捉えられるようになった。
しかし,回転方向の運動は一般に位置変化を伴わないため,高性能な超解像蛍光顕微鏡を使っても観察することはできない。近年になって分子レベルの回転を検出するいくつかの方法が考案されたが,それでもなお立体的な回転運動を三次元的に観察することは不可能だった。
NVセンターと呼ばれる原子配列の乱れを含むダイヤモンドは,生命現象を精密計測する「ナノ量子センサー」として注目されている。研究グループはこのセンサーが磁気センサーであるという特徴を巧みに利用し,3次元回転センサーとして利用する新たな技術を開発した。
ナノダイヤモンドが持つNVセンター中の電子には磁石としての性質がある。電子はわずかな磁場でも影響を受けて,NVセンターから発する蛍光の強さを変化させる。
そこで,まず外部から一方向の磁場をかけ,NVセンターが受ける磁場の向き,すなわち蛍光強度の変化量を計測し,磁場の向きを基準として,ナノダイヤモンド中のNVセンターの電子の向きが何度傾いたかを精密に決定できる技術を開発した。
さらに,異なる向きから複数の磁場をかけて同様に計測することで,ナノダイヤモンドが3次元で回転運動を観察できる回転センサーとして働くことを見いだした。
この技術を用い,これまで顕微鏡では捉えることのできなかった生きた細胞における生体分子の回転運動,例えばATP合成・分解酵素(ATPアーゼ)の回転運動やがん細胞表面の分子が抗がん剤と結合して回転運動に変化が生じる現象を計測することに成功した。
この技術は,従来捉えられなかった生体分子の位置変化を伴わないわずかな回転運動を観察できるため,生命科学における新たな計測ツールや,薬剤標的たんぱく質の運動を指標とした医薬品のスクリーニング技術として利用されるとしている。