東北大学と産総研は,積層ナノ磁性体に,特異な磁気振動の増幅現象を発見した(ニュースリリース)。
nmサイズの磁石の発する磁気の振動や波動を情報の担体とし,それらの重ね合わせを演算に用いる波動計算やリザーバー計算は,ノイマン型計算機の不得意とする問題を効率的に処理できることが示唆されている。
これまでの研究では,電気を通電することで動作するナノ磁気発振器や増幅器を用いるAI技術の研究が進められてきた。高エネルギー効率化に向けたさらなる技術の発展のためには,新しい原理で動作する発振器や増幅器といったナノ磁気素子の開発も重要となる。
この研究では,1nmに満たない非磁性金属を,3nmの厚みを持つ2枚の磁性体で挟み込んだ積層ナノ磁性体(シンセチックアンチフェッロマグネット)に着目した。この積層ナノ磁性体では,二つの層の磁気がばねのような力で結びついている。
このばねの力のため,二つの層の磁気が,同じまたは逆のタイミングで振動することで構成される二つの振動の仕方(単に同方向・逆方向と呼ぶ)があることがこれまで分かっている。
この研究グループでは,独自のパルス光を用いた計測により,これらの磁気の合成振動の運動を数ピコ秒の時間分解能でリアルタイムに観察した。磁気の振動は摩擦力が働くため,時間とともに次第に減衰していく。しかし,ある条件を満たした場合には,磁気の振動が時間とともに増幅することを発見した。
磁気の運動の数理を詳しく分析したところ,磁気の二つの振動の仕方の間には,ブランコを漕ぐときの運動と同様の数理が内在していることが分かった。
人がブランコに乗る時,最初はブランコの揺れが小さくても,ブランコを「漕ぐ」ことでブランコの揺れが大きくなる。これは係数励振と呼ばれ,自然界に普遍的にみられる。積層ナノ磁性体では,ブランコと同様に,二つの合成された磁気振動のうち,一方がもう一方を「漕ぐ」ことで振動を増幅できるといえる。
この研究から明らかとなった積層ナノ磁性体の磁気振動の数理は,この積層ナノ磁性体が,通電の不要な磁気振動や波動のナノ増幅器あるいはナノ発振器となりうることを示している。
研究は端緒についたばかりであり,素子として用いる際の基本的な特性と材料,集積化した際の性質など,AIハードウエアへの応用を目指した研究を今後進めていくとしている。