広島大学の研究グループは,アキラルな化合物同士の結晶構造によって不斉結晶になる有機化合物を多糖によって水溶化すると,不斉結晶のキラル情報が消えることなく保持できる方法を開発した(ニュースリリース)。
キラルな有機化合物は右手と左手の関係と同じく,鏡像の関係にある異性体が存在する。天然では,アミノ酸や糖など多くの化合物がキラルで,味覚,嗅覚そして薬効など多くの場面で重要な役割をもつ。これらキラルな化合物は均一な溶媒中においても,安定であればキラルなまま存在する。
一方,アキラル(キラルに対して,キラルで無いこと)な有機化合物が結晶化するときにキラルな結晶となる“不斉結晶化”という現象が知られている。例えば,テトラフェニルエチレン(TPE)は結晶化の際,四つのベンゼン環がプロペラのように同じ側に傾き,右巻きと左巻きのらせん状のキラル構造をもつようになる。このとき,結晶の形から右巻きと左巻きの結晶を手で分けられる。
しかし,TPEはもともとアキラルであること,ならびにこれら右巻きと左巻き間でエネルギー差が非常に小さいことから,均一溶液中でキラル情報は全て消えてしまう。この不斉結晶中でのみ存在するキラル情報を維持したまま,水溶化する方法はこれまでなかった。
今回,研究グループはまずTPEを再結晶によって右巻きと左巻きのらせんをもつ二種類の結晶を目視によって分けた。次に,右か左どちらか一方の不斉結晶と多糖であるプルランやカラギーナンを高速振動粉砕法(ボールミル)によって固体の状態で混合する。その混合物に水を加えることで水溶化した。
溶け残ったTPEを取り除き,らせんが保持されているかどうかは円偏光二色性スペクトルを用いて確認した。その結果,右巻きの結晶を用いると右巻きの,左巻きのらせん結晶を用いると左巻きをもつ多糖との錯体を形成して水に溶けていることがわかった。
また,今回用いたTPEはAIE(凝集誘起発光)特性をもつことが知られている。そこで,水溶液に365nmの光を照射すると,蛍光をもつことがわかった。
この結果は,蛍光をもち,しかもキラルを有するため,水溶液のCPL(円偏光発光)材料としての利用が期待されるという。さらに,結晶中の化合物同士のパッキングによって生じる情報としては,キラルのみではなく,結晶構造の違いによって,結晶の色や蛍光の色が異なる“結晶多形”が知られている。これらの結晶多形の情報を維持したまま水溶化できる可能性があるとしている。