高エネルギー加速器研究機構(KEK),総合科学研究機構(CROSS)の研究グループは,生体膜の主成分であるリン脂質二重膜に水和する水を中性子準弾性散乱で調べることにより,運動状態の違う3種類の水が存在することを明らかにした(ニュースリリース)。
中性子準弾性散乱は,散乱の前後における中性子の微妙なエネルギー変化を調べることにより,原子や分子の運動状態を調べることができる。また中性子は原子核によって散乱され核種によって散乱の強さが変化することから,質量数が異なる原子すなわち同位体を用いて印をつけることにより複合体の特定の部分に焦点を当てることができる。
細胞膜などの生体膜は,リン脂質の二重膜にタンパク質や糖脂質などの分子が埋め込まれたような形をしているため,リン脂質の二重膜は生体膜のモデル物質として様々な基礎研究に用いられている。
研究では,水(軽水)分子に含まれる水素からの非干渉性散乱を測ることにより,水の運動状態を明らかにすることができるため,リン脂質中のほとんど全ての水素原子を重水素に置換した「重水素化リン脂質」を水(軽水:軽水素1Hでできた普通の水)と混合しリン脂質の二重膜が水を挟んで多層膜になっている試料を用意した。水(軽水)分子に含まれる水素からの非干渉性散乱を測ることで,水の運動状態を明らかにすることができる。
ダイナミクス解析装置DNAを用いて行なった実験の結果,リン脂質膜に水和している水分子には3種類あること,すなわちリン脂質の親水基に付着してリン脂質分子と一緒に動いている「強結合水」と,それよりも10倍速く動いている「弱結合水」,そしてさらにそれよりも10倍速く液体の水とほぼ同じ速さで動く「自由水」に分類された。
次にこの「重水素化リン脂質+軽水」の系に,塩化カルシウム,塩化マグネシウム,塩化鉄をそれぞれ加えた試料を作成して,運動状態が異なる3種類の水和水の分子数がどのように変化するかを調べた。
その結果,塩化カルシウムを加えた場合には3種類の水のそれぞれの数はほとんど変わらないのに対して,塩化マグネシウムと塩化鉄を加えた場合は「強結合水」の数が2倍程度に増加することが分かった。また「弱結合水」の数は変わらないことも分かった。
今回の実験結果は生体における金属イオンと水の関係を明らかにする上で,重要な結果となるとともに,生体親和性の原理が解明され,医用材料の開発につながることが期待されるとしている。