東京大学の研究グループは,近赤外線分光器WINEREDで得た恒星のスペクトルを用いて,原子番号が29以上の元素が0.97~1.32μmの波長域に生じさせる吸収線を系統的に調査し,9種類の元素によって生じる合計23本の吸収線を同定した(ニュースリリース)。
宇宙の化学進化の様子をたどるためには,進化の各時点でのガスから誕生した恒星の化学組成を測定することが重要となる。恒星の化学組成の測定には,各元素がどの波長にどのような強度の吸収線を生じさせるかをあらかじめ知っておく必要がある。
可視光線のスペクトルに対しては比較的正確な情報がすでに蓄積されているが,恒星の赤外線スペクトルの研究はまだまだ確立されていない。そこで研究では,0.97~1.32μmのスペクトルに現れる中性子捕獲元素による吸収線を調べた。中性子捕獲元素は,金やレアアース元素を含む重い(原子番号の大きい)元素で,重力波の発生を伴う中性子星合体の際に合成すると考えられている。
まず,現在得られる吸収線のリストを3種類用いて観測スペクトルに十分な強度で現れるかもしれない吸収線を,14種類の原子・イオンによって生じる108本列挙し,それらの吸収線が存在するか,その強度が恒星の温度によって変化する様子が予想通りに見られるかを調べた。今回,京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡に取り付けたWINERED分光器で得た13個の恒星の観測スペクトルを利用した。
その結果,予想された108本のうち存在を確認できたのは,9種類の原子・イオンによって生じる合計23本の吸収線にすぎなかった。この結果は,現在の吸収線リストには誤りが多いことを示す。
吸収線の存在が確認できたのは,亜鉛(原子番号Z=30),ストロンチウム(Z=38),イットリウム(Z=39),ジルコニウム(Z=40),バリウム(Z=56),セリウム(Z=58),サマリウム(Z=62),ユーロピウム(Z=63),ジスプロシウム(Z=66)の9種類の元素。23本の吸収線のうち約半数は,過去の研究で恒星の観測スペクトルに存在することが報告されていたが,残りの半数は世界で初めて観測的に存在を確認した。
今回存在が確認された吸収線は,今後の研究で化学組成の測定に利用できるという。対象となる9種類の元素は中性子捕獲元素に分類されるもので,上述した中性子星合体など比較的まれにしか起こらない天体現象で合成される。
こうした天体現象が元素(特に鉄よりも重い元素)の合成に重要な役割を果たしているのは間違いなく,金・レアアース元素などのそれら重い元素がどのように宇宙で増加してきたのかを探るための貴重な観測指標になるとしている。