慶應テクノフェアに見る「光と研究」

慶應義塾大学理工学部は2019年12月13日,東京国際フォーラムにて研究成果を紹介し,企業や他のアクティビティとの「出会いの場」を提供するイベント「KEIO TECHNO MALL 2019」を開催した。今年で設立80周年になるという同学部では光に関連する研究も多くなされている。ここではそのうち記者が注目した研究について概要を紹介する。

光学素子など様々な加工例

機械工学科 閻紀旺教授
同研究室では「次世代のナノプロセッシング」「高機能光学素子の加工」について展示を行なった。同研究室では機械切削加工から放電ワイヤ加工,プレス成形,レーザー加工などの幅広いプロセスによって,超微細加工,高硬度材料加工,硬脆材料加工,複雑自由曲面加工といった難加工の実現を目指している。

特に光学部品への応用も多く,単結晶Si六角形マイクロレンズアレーの切削加工を実現するSlow Tool Servoによる分割切削法や,光学ガラスの超精密切削による表面粗さ2.0nmSaを実現した非球面レンズ加工などが紹介された。

ポリエチレンとプレス成形したSiレンズ

またレーザー加工では周期制御されたナノ構造や,サファイアへのナノピラミッド構造付与,加工変質したシリコンウエハーの修復などの成果が展示された。また,単結晶シリコンと高密度ポリエチレンをプレス成形で複合し,フレネル構造を付与した安価な赤外線レンズというユニークな研究も見られた。

システムデザイン工学科 柿沼康弘教授
「超精密加工と知能加工システム」と題し,光学系の材料を中心としたナノスケール切削による加工と加工状態を監視する知能化加工技術の開発を紹介した。より効率的なレンズ加工を実現するための研究では,化学作用を持つスラリーによるガラス研磨で加工効率は3倍,表面粗さは97%改善したという。

化学作用を持つスラリーによるガラス研磨

また,加工状態をモニターし,回転工具の各軸モーター電流からら単位時間および単位体積当たりの仕事に着目することで,インプロセスクラックの発生検知が可能になったという。この両者を組み合わせることで,形状精度と生産効率の向上を両立できるとしている。

微小光共振器の材料として単結晶蛍石が適しているが,結晶異方性を持ち硬脆材料であるため機械加工で仕上げまで追い込むことが難しく,最終的には人の手による研磨が行なわれ,ここで加工精度が落ちていた。研究では制御可能な超精密切削加工により,様々な形状や構造の微小光学共振器の製作に成功した。

熟練工のバフ掛けの技術を模倣

微細加工技術においては職人の技術の継承も問題となっているが,熟練工の研磨技術を技能データベース化し,加工機に同様の動作をさせる研究では,熟練工のバフ掛けの技術を研磨機に模倣させて未知の曲面への応用に成功。研磨後の表面品位を熟練工並にしており,人手不足の現場へ適用されることが期待される。

電子工学科 田邉孝純教授
ユニークな構造の「超小型分光器の開発」について展示した。これはフォトニックナノ構造を用いたチップと機械学習によるもので,フォトニック結晶の作成誤差を利用している。具体的には,チャープ構造としたフォトニクス結晶導波路に光を導入すると,モードギャップ周波数がシフトし,波長によって異なる位置で上方に散乱する。このときの導波路の幅で波長を決定(分解能15nm)できる。

超小型分光器

さらに,作成誤差によって入力波長に依存したランダムな光局在パターンが観測されることから,これを機械学習して再構成することで,波長分解能を0.2nmまで高めることができたという。CMOSプロセスで大量生産が可能で超小型(28×370µm2),出荷前の校正だけで使用可能なことから,スマートフォンなどへの搭載が期待されるとしている。

モスキート法による様々な回路

物理情報工学科 石榑崇明教授
「エクサスケールコンピューティングのためのポリマー光導波路デバイス」と題した展示では,光インターコネクション用のポリマーファイバーの独自の作成法「モスキート法」の紹介を行なっていた。従来のSI型・矩形コアの並列光導波路は伝送損失が大きく,クロストークの問題もあった。開発するGI型・ポリマー並列回路は損失とクロストークが少ない点でこれより優れている。

モスキート法による製造装置

「モスキート法」はGI型・ポリマー並列回路を簡便に作成する方法で,平面に広げたクラッド剤の塗膜に注射針を刺し,コア材料を注入しながら針を動かすことで塗膜層内部に導波路を形成する。その後,UV硬化することで最小でコア径3μmの回路が簡単に作れる。また,上下方向に梁を動かすことで3次元構造のほか,分岐や交差といった,ナノインプリントやリソグラフィでは困難な構造も作成が可能だという。

関連研究として,ポリマーファイバーでは無かった希土類を添加して誘導放出による増幅やレーザーへの応用を目指した光増幅器の開発や,カーボンナノチューブ(CNT)をポリマー中に分散させることで,CNT特有の過飽和吸収効果によるパルス圧縮を狙ったCNTドープ光ファイバーといった技術も紹介していた。

ラウンドロビンマッパーのデモ

情報工学科 山中直明教授
「超並列性・伸縮自在性をもつ次世代ネットワーク基盤」と題した展示で,「階層型ラウンドロビンマッパー」による並列伝送を提案した。通信帯粋の増大に対応する空間多重光ファイバーによる大量の光チャネルにMACクライアント信号を効率的に収容するネットワークノードの構成方式として,研究室ではダイナミックMACを提案している。

「階層型ラウンドロビンマッパー」は,MACクライアント信号を多数の光チャネルに割り当てる,レーン数変換を行なう機構。会場にはラウンドロビンマッパーをソフトウェアで構成したデモ機を持ち込み,4台のイーサネットスイッチにより超並列伝送を模擬し,通信量の増大によって4レーンによる並列伝送が8レーン並列伝送へと変更され,通信容量を効率的に収容する様子を示した。

容量期待値保証型マルチパス伝送のデモ

また,様々なベンダーの機器が混在するネットワークにおいて通信品質を保証する技術「故障予測に基づく通信容量が保証された光ネットワーク」は,現用経路とバックアップ経路にそれぞれに通信容量を保証する従来手法に代わり,故障予測に基づいて割り当てた複数の経路全体の通信容量を期待値で保証する。

これは機器のログ情報を蓄積解析して故障を予測し,これに応じて柔軟に割当経路数および容量を決定するもの。期待値保証によって無駄のないリソース割当を実現するが,マルチパス転送では経路によってデータの到着時間が異なる可能性がある。そこでスイッチ網内で順序制御情報を付加したマルチパスフレームにより,受信側でデータ順序の復元を可能とするマルチパスのデモを行なった。

開発した波長可変レーザーとAWG

電子工学科 津田裕之教授久保亮吾准教授
「TバンドおよびOバンドの広大な波長帯域を利用した光ネットワークの研究開発」と題した展示では,一般的な光ファイバー通信で用いられるCバンドやLバンド(1530~1625nm,196~185THz)に対し,吸収による損失が大きいものの,広大な周波数帯域を持つTバンドとOバンド(1000~1360nm,300~221THz)を用いた通信を紹介した。

多数のチャネルを収容できるため,強度変調など簡易な伝送方式を用いた低遅延・低コストのネットワークが構築可能で,データセンターやアクセスネットワークといった短距離伝送に適している。研究室では波長ルーティングに用いるAWG(アレイ導波路回折格子)および量子ドットを用いた波長可変レーザーを開発しており,その展示も行なった。

3Dプリンターによるポーラス金属造形

システムデザイン工学科 小池綾専任講師
吹きつけた金属粉をレーザーで溶融・凝結してワークを形成するDED(Direct Energy Deposition)方式による金属3Dプリンターを用いた「レーザ金属3Dプリンタの応用」は,一般的に3Dプリンターが得意とする3次元水管といったワークの構造ではなく,高機能化を目指した研究となっている。

具体的には,従来のDEDでは避けられなかったワーク中の数μmの空孔を再溶融処理によって55%低減させるとともに,その分布を評価するマッピング法も開発した。また,チタン合金とステンレス鋼といった異なる材料をグラデーション状に積層する「傾斜機能材料」の造形や,金属粉に水酸化チタンを加えることで多孔質の金属を形成する「ポーラス金属造形」といった成果を紹介した。

有機ECL素子(出典:二瓶研究室HP)

物理情報工学科 二瓶栄輔准教授
研究する有機ECL素子はラジカルカチオンとアニオンを用いた発光素子で,交流電圧駆動が可能で長時間発光が期待されている。ITOガラスに発光溶液を挟み込むという単純な構造なため製造も容易だという。研究室では印加電圧のデューティー比を変化させることで発光色の制御にも成功している。ただし,初期の有機EL同様に現在は寿命が短く輝度も低い。またフルカラー化も課題だという。

負屈折率分布型ポリマー光ファイバーは,光がコアとクラッドの界面を全反射を繰り返しながら進む屈折率分布型(GI型)ファイバー。一般的なGI型光ファイバー(GI-POF)と同程度の広帯域を持つため高速通信が可能で,シングルモード光ファイバーに比べ大口径なので接続コストも少ないといった特長を持つ。

負屈折率分布型ポリマー光ファイバー

研究室ではこの光の進み方を利用し,ポリマー光ファイバー増幅器を開発した。これはクラッドを増幅媒質溶液とし,信号光がクラッドとの界面で全反射する際,溶液中から染み出したエバネッセント波をトリガーとして,励起された媒質から誘導放出される光によって信号光を増幅するというもので,最大で70%の信号増幅を確認しているという。

渡邉研究室のポスター展示

物理学科 渡邉紳一教授
「見えないものを可視化する(半導体材料から高分子材料まで)」と題した展示では,デュアルコム分光法による半導体材料の屈折率評価と,テラヘルツ光源による高分子材料の深部非破壊検査技術の解説が行なわれた。デュアルコム分光法は光周波数コムを二本用いた干渉測定。その干渉波形からシリコンの厚さやドープ量の違いが分かるとして,半導体デバイスの評価に有用だとしている。

また,テラヘルツによる分析では透過型検査装置と反射型検査装置の2種類を開発。これらによって,黒色ゴムを延伸させたときの分子の配向を捉え,三軸ひずみマッピングを作製する技術が紹介された。また,同様にプラスチック材料のひずみ検査への応用も示された。

センサーを取り付けたHMD

■情報工学科 正井克俊助教,杉本麻樹准教授
「光センサを埋め込んだ装着型装置による表情識別技術の応用」と題し,眼鏡やHMDに赤外LEDと反射型光センサーを組み合わせたデバイスを取り付けた装着型装置による表情検出のデモを行なった。8組のデバイスを目の周囲を囲むように配置し,表情の変化によって皮膚とセンサーの距離の変化を検出する。

このデータは深層学習したコンピューターによって8種類の表情に分類される。展示ではこの装置の応用として,読み取った表情をCGのキャラクターにリアルタイムで反映させるというデモを行なった。この技術により,例えばCGのアバターを用いたVR空間内のコミュニケーションや,眼鏡に応用することで感情の状態をロギングし,メンタルのサポートを行なうといったアイデアが示されていた。

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