理化学研究所(理研),大阪大学らの研究グループは,直線偏光制御した硬X線を用いた内殻光電子分光により,局在性の弱いイッテルビウム(Yb)化合物における4f電子の電子軌道波動関数を決定した(ニュースリリース)。
電子軌道の波動関数は,直方晶のような結晶構造の対称性が低い物質ではパラメータが多く,波動関数を精密に決定することが難しくなる。また,電子同士の相互作用が強い場合も同様に,混成効果により電荷分布が変わるとともに物質の性質が複雑に変化するため,実験結果から波動関数を決定する上で困難が伴う。そのためこれらの条件下で波動関数を精密決定した例はなかった。
今回,偏光制御硬X線光電子分光測定を,大型放射光施設「SPring-8」の理研ビームラインBL19LXUで行なった。このビームラインでは,電場成分が水平方向に偏光した硬X線を発生させることができる。垂直方向に偏光させる場合は,光路にダイヤモンド位相子を2枚置くことで偏光制御した。試料は特注の試料台により,板状の試料の面を回すθ回転と面内を回すφ回転をすることができる。
Ybイオンの3d内殻電子に起因する光電子を測定することにより,物質中における3d内殻電子と4f電子の相互作用を通じて,Yb 4f電子の波動関数の決定を試みた。今回は合計5方向を系統的に測定した結果,5つの測定方向のそれぞれに対する,水平偏光と垂直偏光によって異なる光電子スペクトルを得た。
その結果,Ybが持つ4f電子の波動関数を精密決定することができ、さらにその空間分布が局在電子モデルから予想されるものと大きく異なっていることが分かった。これは,Ybが持つ4f電子がホウ素に由来する伝導電子と強く混成した軌道混成状態を形成していることを示していという。
今回の成果は,結晶構造の対称性が低い直方晶かつ混成の強い系で,電子軌道の波動関数を精密に決定した初めての例だとする。今回の実験手法は,従来から利用された局在電子モデルが成り立つ希土類化合物だけでなく,原理的には遷移金属を含む局在性の弱い化合物でも適応可能なことから,機能性材料開発が加速するとしている。