理化学研究所(理研)の研究グループは,鉄系高温超伝導体で生ずる,電子集団がある一方向にそろおうとしている「電子液晶」状態(ネマティック液晶)において,電子が約1psの周期で振動する現象(電子の揺らぎ)を観測した(ニュースリリース)。
ディスプレーなどに用いられる一般的な液晶では,比較的自由に動くことができる棒状の分子が流動性を持ちながら特定の方向に配向する。一方,固体中の電子液晶では,電子が結晶格子と結びついているため,通常は自由に動くことができない。そのため電子液晶のみの動きを取り出して本来の性質を調べ,電子液晶の流動性の本質を知るためには,フェムト秒レーザーを照射し,結晶格子との結合を解く必要がある。
そこで研究グループは,20K(約-253℃)において,鉄系高温超伝導体のセレン化鉄(FeSe)にフェムト秒レーザーを照射することで,電子を結晶格子から一時的に解放した。次に,電子が示す流動性を時間分解光電子分光法を用いて,その変化を時間を追って観測した。
今回の実験では,電子液晶状態を乱す目的(励起レーザー)と,電子の応答を検出する目的(検出レーザー)の,2種類のパルスレーザー光を用いた。両パルスレーザー光の時間差を制御することで,250fsの精度で過渡的な電子の状態を追跡できる。さらに,検出レーザーの偏光方向を選択することにより,電子の状態を軌道ごとに切り分けて観測することが可能になる。
ネマティック液晶を形成する電子の形状は,楕円形に例えることができ,ここにフェムト秒レーザーを照射すると,電子は結晶格子との結合から解放され,瞬時に(250fs以内)円形へと変化する。その後,ネマティック液晶状態を回復する過程において,約1psの周期の振動現象が見いだされた。また,電子液晶の形状変化と,それを構成する電子の3d軌道成分(鉄原子の3dxz軌道と3dyz軌道)の変化が連動することが明らかになった。
さらに,このような電子液晶揺らぎの誘起は,照射レーザー光の強度に大きく依存することも明らかになった。レーザー強度を十分大きな値から200μJcm-2まで変化させると,揺らぎの周期が急激に長くなる様子が見られた。一方で,200μJcm-2以下の強度では揺らぎそのものが観測されなかった。
この境界となるレーザー強度は,電子液晶を楕円形から円形に変えるために必要な照射強度に相当する。この電子液晶揺らぎは,非平衡にある高温超伝導体の電子が示す新しい集団運動であるという。研究グループは,今回の研究成果は,高温超伝導の発現機構だけでなく,電子の揺らぎが関与するさまざまな臨界現象の理解に貢献するとしている。