理化学研究所(理研)は,単一分子の「電界発光」(エレクトロルミネッセンス)において,電子間に働くクーロン相互作用を考慮して電子の運動を調べる理論を構築し,この理論を用いて発光機構を解明した。(ニュースリリース)
近年,単一分子の「電界発光」(エレクトロルミネッセンス)を調べる実験手法として,走査トンネル顕微鏡(STM)のトンネル電流によって分子の発光を誘起する「STM発光」が関心を集めている。
STM発光を用いた分光法は,1nm以下という高い空間分解能で分子の電気伝導特性と光学特性を調べることができる強力な実験手法として知られている。しかし,その発光機構の詳細は未解明であり,実験結果の解釈や新たな測定系の設計において課題となっていた。
今回,研究グループは,電極に結合した単一分子における電気伝導特性と光学特性の両方を記述するための理論を構築した。まず,分子と電極の結合を無視して,孤立した分子のエネルギー固有状態をベースに現象を記述する方法を用いた。
次に,分子と電極の結合の影響を取り扱うために,電圧が加えられている非平衡状態において量子力学の多体問題を扱える理論手法である「非平衡グリーン関数法」を用いて,理論の構築を行なった。そして,構築した理論の妥当性を検証するために,フタロシアニン(H2Pc)分子のSTM発光に関する解析を行なった結果,分子の電気伝導特性と発光特性の両方において実験結果をよく再現できることを確認した。
次に,単一分子の電気伝導特性の測定で得られる「輸送ギャップ」と発光特性の測定で得られる「光学ギャップ」が異なる値を示すことに着目し,今回構築した理論を用いてその理由の説明を試みた。その結果,分子内の電子間には強いクーロン相互作用が働いており,この電子間クーロン相互作用が輸送ギャップと光学ギャップの差を生む主な原因であることを明らかにした。
また,研究グループが電圧を変えて分子の電気伝導度と発光強度を解析したところ,最高被占軌道(HOMO)から電子の引き抜きが起こり始める電圧において分子が発光し始めることがわかった。これは電荷の注入によって分子発光を誘起する際に,エネルギーの高い分子軌道に電子を注入するとともに,エネルギーの低い分子軌道から電子を引き抜くことで,分子を励起させるため。
今回の研究により,電荷注入に誘起される単一分子発光の過程を正しく理解するためには,電子間クーロン相互作用を考慮することが重要であることが示された。研究グループは,今回の研究により,単一分子発光素子の実現やその高効率化に向けた物質設計の指針の獲得につながるとしている