自然科学研究機構分子科学研究所(分子研)と生理学研究所(生理研)の研究グループは,独自に開発した輪帯照明型の全反射暗視野顕微鏡を用いて,粒径40nmの金ナノ粒子を,1.3Åの位置決定精度,1ミリ秒の時間分解能で観察することに成功した(ニュースリリース)。
光学顕微鏡は,タンパク質や脂質などの生体分子に蛍光色素などの目印(プローブ)を付けることで,分子1つ1つの動きを調べることができる。最近は,蛍光色素の代わりに,金ナノ粒子が目印として用いられ始めている。
金ナノ粒子は,緑色の光と共鳴し,光を強く散乱する。蛍光プローブと比較して圧倒的に高い信号光強度が得られ,褪色も起こらない。これまでに,マイクロ秒オーダーの時間分解能での観察が達成されているが,金ナノ粒子の位置決定精度の原理的な限界は分かっていなかった。
研究グループは,位置決定精度の下限値を決める要素を特定するため,入射光強度や粒径を変えて計測を行なった。その結果,位置決定精度は,フォトン数の平方根に比例して向上することを確認。さらに,従来の全反射暗視野顕微鏡の位置決定精度の下限値が約3Åであり,検出器の信号の飽和が下限値を決めることを見いだした。
検証結果に基づき,位置決定精度の向上を図るため,輪帯照明型の全反射暗視野顕微鏡を開発。位置決定精度の下限値を1.3Åまで向上させることに成功した。輪帯照明とすることで,これまで対物レンズの1点に集光していたレーザー光を円状に分散できる。これにより対物レンズの光損傷を抑え,入射可能な光強度を高めることを可能にした。
さらに,検出器のピクセルサイズを小さくすることで,信号の飽和を抑制。これらの改良により,位置決定精度の下限値を1.3Åまで向上させた。
また,位置決定精度と時間分解能の関係についても検証した。モータータンパク質(化学エネルギー等を機械的な一方向性運動に変換するタンパク質)が動く仕組みを理解するには,高い位置決定精度と共に,高い時間分解能が必要になるが,時間分解能と位置決定精度はトレードオフの関係にある。
開発した装置は,入射光強度を高めることができるため,高速,かつ高精度な計測を実現できる。実際に,33μsの時間分解能で5.4Åの位置決定精度を達成した。次に,金ナノ粒子の粒径と位置決定精度の関係についても検証したところ,入射光強度を高めることで微小な粒子からも強い散乱光を得られ,粒径30nmでも1.9Åの位置決定精度を達成することができた。
さらに,開発した高位置決定精度かつ高速な1分子計測法を用い,キネシン(細胞の輸送機能に関わるモータータンパク質)の片方の足に直径40nmの金ナノ粒子を結合し,10μsの時間分解能で足の動きを詳細に観察した。これまでより高い時間分解能で観察することで,微小管に結合している足が離れる瞬間の動きが明らかになった。
研究により,生体分子機械の微細で精巧な作動原理に,原子レベルの位置決定精度で挑むことが可能になった。今後も,生物学分野におけるより広範な応用が期待されるとしている。