国立遺伝学研究所の研究グループは,マウスの大脳皮質の特定の神経細胞を,樹状突起形成に重要な生後3日目から6日目までの3日間,二光子顕微鏡でくり返し観察することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
ヒトやマウスでは出生直後の大脳皮質の神経回路は未熟で,その後,成長過程で入力(刺激)の影響を受けながら成熟する。しかしながら,大脳皮質をはじめとする脳の中の神経細胞を出生直後に長期間にわたって観察する技術がなかったため,その時期に神経細胞がどのように成熟し,機能的な神経回路を形成していくのかについて,ほとんど明らかにされていなかった。
研究グループは,非常に脆弱なマウスの大脳皮質の同じ神経細胞を,二光子顕微鏡を用いて,樹状突起の方向性が急激に形成される生後3日目から6日目まで繰り返し観察することに成功した。仔マウスは観察の合間に母親マウスの世話をうけながら正常に成長した。その結果,「遡及的解析」が可能となり,将来特定のタイプになる神経細胞を,未熟な段階で区別し,成長過程を追跡することができるようになった。
生後3日齢の大脳皮質では神経細胞は未熟で同じような形態をしているため,特定のタイプのものを見分けることは難しい。一方,生後6日齢になればタイプによる違いを区別することができる。したがって,同じ神経細胞を長期にわたり観察すれば,時間を遡ることにより,生後3日齢の段階でも将来に特定のタイプになる神経細胞を同定することができる。
成長過程の追跡の結果,神経細胞が短い樹状突起を作ったり除去したりする,樹状突起の「生存競争」が見られ,適切な方向に生えたものの一部を「勝者」として大きく成長させることにより正確な神経回路を作っていく様子が観察された。さらに,偏った方向から入力があるときに,樹状突起の生存競争は激しくなることがわかった。一方,入力方向に偏りがないと,生存競争は緩和されて,最初にできた樹状突起の多くが消えることなく中程度に成長したという。
今回,新生児マウスの脳の中の神経細胞の長期にわたる観察に世界で初めて成功したことにより,この時期の神経細胞が,樹状突起を作ったり消したりしながら特定の回路に組み込まれていく様子を明らかにすることができた。この技術を用いることによって,新生児の成熟過程の脳の中で何が起きているのかの様々な謎に挑戦することが可能となる。ヒトを含めた哺乳類の新生児の脳での正常な神経回路発達やその異常としての疾患を理解するための重要な一歩だとしている。