高輝度光科学研究センター(JASRI)と東京大学の研究グループは,物質・材料研究機構,豪ニューサウスウェールズ大学との共同研究により,薄膜のフォノン分散と寿命の同時測定に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
次世代デバイスでは,なるべく熱を出さない,もしくは熱を再度エネルギーに変換するような材料・デバイス開発が行なわれている。したがって材料・デバイス中の熱特性を調べることは,高効率デバイスを製作する上で欠かせない。このような熱特性はフォノンと呼ばれる量子化された粒子が散乱を起こすことによって熱が発生・伝搬することがわかっている。
このことから,フォノンと熱物性を関連づける研究が活発に行なわれている。フォノン測定から熱特性の微視的な起源を探るアプローチとして,非弾性中性子散乱法を用いた実験が行なわれている。この手法を用いると,フォノンの詳細なエネルギー関係(フォノン分散)だけでなく,散乱に至るまでのフォノンの寿命を評価することができるため,計算や(巨視的な)熱伝導率と容易に比較検証ができる。
しかし,非弾性中性子散乱法で用いる中性子は多くの物質を簡単に透過してしまうことから,基板上に形成された薄膜の場合,薄膜だけでなく基板の情報も検出してしまう。このため,薄膜のフォノンの詳細な構造は知られていなかった。一般的に薄膜は基板の影響を受けて,結晶構造が変化したり欠損が導入されることから,通常の(薄膜でない)物質と異なる熱特性を持っていることが予想されるため,薄膜のフォノン構造の詳細研究が望まれていた。
研究では,窒化物半導体の中で熱電材料への応用が期待される窒化スカンジウム(ScN)薄膜のフォノンを測定した。実験は大型放射光施設SPring-8のBL35XUで非弾性X線散乱法を用いて行なわれた。BL35XUでは非常に単色化されたX線を取り出すことができるため,通常X線では測定ができない微細な構造である,フォノン構造を非弾性中性子散乱法と同程度の精度で調べることができる。さらにX線は中性子と比べて試料を透過しにくいので,基板にX線を当てることなく薄膜のみの情報を得ることができる。
実験の結果,フォノン構造から得られた結果は(巨視的な)熱伝導率測定結果と良く一致していることがわかった。さらに,従来の窒化スカンジウムの熱伝導率の文献値と比較すると,欠陥や不純物により生じたキャリア濃度との間に相関があり,薄膜の熱伝導がこれら欠陥や不純物に影響を受けていることもわかった。
この技術を応用することにより,デバイスなどの微細構造で熱伝導・熱散逸の微視的な機構を実験的に明らかにできると考えられ,熱を電気に変換する熱電材料,エネルギー浪費の少ない高効率パワーデバイス,次世代太陽電池などの材料・デバイス開発にとって今後非常に重要な手法となるとしている。