東京大学の研究グループは,電子の結晶状態,液体状態,ガラス状態を同一物質の中に作り出すことができる分子性物質を用いて,電子結晶が形成されていく過程を時間を追って観測することに初めて成功した(ニュースリリース)。
液体の中で乱雑に動き回る原子や分子は,通常,冷却することで周期的に整列した結晶(固体)へと変化する。こうしてできた結晶状態は最も身近な物質の秩序であり,古くから多くの研究がなされてきた。特に,結晶が時間と共にどのように形成されるのかという問題(結晶成長)は,過冷却液体やガラスといった乱れた非平衡状態から秩序のある熱平衡状態への不可逆過程として,広く関心を集めている 。
一方,物質中の電子に目を向けると,電子は負の電荷を持つために互いに反発し合い,原子・分子がつくる結晶構造とは別に独自の結晶を形成することが知られている。電子結晶として知られるこの現象は,金属絶縁体転移を引き起こしたり,最近では高温超伝導の背景に存在することが議論されるなど,強く相互作用する電子系(強相関電子系)の物理学の中でも極めて重要な課題の一つとなっている。
しかし,電子は原子や分子と異なり量子性の強い(波動性を兼ね備えた)粒子であるため,結晶化が古典的な原子や分子と同じ仕組みで起こるのか否かは全く自明な問題ではなかった。この疑問に答えるためには,電子の結晶化過程を時間と共に追跡することが必要だが,一般にその実験は困難であり,報告例は過去になかった。
研究グループは,電気抵抗測定と核磁気共鳴実験の2つの実験手法を用いて,電子の結晶化過程を巨視的・微視的スケールで調べた。その結果,古典的結晶成長における基本概念である核生成と核成長という2つの機構が電子の結晶成長においても働くことが明らかになった。この結果は,結晶成長機構が,古典系/量子系を問わない普遍的なものであることを実験的に示した初めての事例。
従来,結晶成長は,過冷却液体やガラスといったいわゆるソフトマターと呼ばれる,電子とは縁のない物質系が研究の対象とされてきた。今回の発見は,強相関電子系とソフトマターという異なる研究分野を繋ぐ成果であり,今後,従来の電子物性研究とは異なる視点で新規な電子状態や物性機能の開拓へと発展することが期待されるとしている。