東京農工大学らの研究グループは,電子デバイスに広く用いられている半導体材料である「シリコン」表面に,高強度のフェムト秒レーザーパルスを照射することによって,光と結合した電子の集団振動現象「表面プラズモンポラリトン」(SPP)が発生することを,世界で初めて観測することに成功した(ニュースリリース)。
金属中には自由電子が存在するため,光を照射することによって,表面にSPPという電子の集団振動現象を発生できることが知られている。SPPの波長は,励起光の波長よりも短く,電子の周囲に強力な電場が発生するため,最近では高感度光検出器や高効率太陽電池,高感度ガス・バイオセンサー,高効率LEDなど様々な応用に利用されている。一方,絶縁体や半導体には自由電子が存在しないため,SPPは発生できないというのが定説だった。
レーザー光は大気中でも液体中でも通ることができ,また取り扱いが容易であるため,加工のような産業用途にも広く使用されている。しかし,現在の技術ではマイクロメートルサイズ以下の微小な加工はできないため,半導体デバイス製造のようにナノメートルサイズの加工が必要な場合には,他の技術と組み合わせた複雑な工程が行なわれている。
もし,強いレーザー光によってさまざまな固体表面にSPPを発生できれば,電子の周囲に発生する強力な電場によって固体表面を直接削り取ることができるので,レーザー加工の特徴を持った簡便なナノ加工技術の実現が期待されていた。
研究グループは,フェムト秒レーザーパルスの照射でシリコン表面にSPPが発生できるように,シリコン製の回折格子を設計し,精密に作製されたものを準備した。その表面に入射角度を変えながらレーザーパルスを照射し,光検出器によって測定した反射光の強さから表面反射率を求めた。
その結果,回折格子の溝に水平な方向の偏光(s偏光)では入射角度を変えても反射率は単調に変化するだけだったが,回折格子の溝に垂直な方向の偏光(p偏光)では特定の入射角度で反射率の急激な減少を観測した。これは,金属でのSPP発生の発見の基となった観測結果と酷似しており,この反射率の減少からシリコンと大気の境界面でSPPが発生していることを明らかにした。
この現象を利用すると,半導体や誘電体,金属など様々な物質にフェムト秒レーザーパルスを照射するだけで数10nmから数100nmの溝や穴を掘ることができるため,複雑なプロセスや薬剤が不要な微細加工技術の実現が期待される。また,レーザー光を照射する位置を変えるだけで加工部分を移動できるため,加工材料の大きさに制限がなく,メートルサイズの領域へのナノ加工も容易。
このような大面積領域にナノメートルサイズの微細加工を行なえる技術は他にはなく,例えば,メタマテリアル表面形成,ナノインプリント用造形用金型作製,ナノ工具製造,MEMS用表面加工,広帯域の無反射表面形成,照明光源の指向性表面形成,X線用光学素子作製などへの汎用性の高い技術応用も期待されるとしている。