理化学研究所(理研)と明治大学の研究グループは,新しいニッケル錯体触媒を開発し,X線結晶構造解析,分光学的手法,計算科学により,ニッケル錯体の結晶および反応溶液中の構造が歪んだ八面体であることを明らかにした。また,電子密度分布解析によるニッケル錯体の電子構造の可視化にも成功した(ニュースリリース)。
右手と左手のように,実像と鏡像を重ね合わせることができない分子を「キラル分子(不斉分子)」という。例えば,生体において核酸(DNA,RNA)はD体の糖で構成され,タンパク質は主にL体のアミノ酸で構成されている。そのため生物はキラル分子を識別できることから,生体高分子と選択的に相互作用するキラル分子の作製は,医薬や農薬の開発において重要となる。
特に,少量の金属塩と不斉配位子の組み合わせを選択することで,さまざまなキラル分子を作り出す「触媒的不斉反応」が近年盛んに開発されている。しかし,金属錯体触媒が反応基質をどのように活性化するのか,その仕組みの解明に向け,金属錯体触媒の電子構造について実験的に検討されたことはなかった。従来の研究では反応収率や選択性を指標に,金属塩と不斉配位子の種類や混合割合を調整する試行錯誤により,有用な触媒を見つけてきた。
今回,共同研究グループは「不斉[3+2]環化付加型反応」を実現するニッケル錯体触媒を開発し,X線結晶構造解析を行なった。その結果,Ni中心に(Λ)-キラリティを持つ“歪んだ八面体構造”であることが分かった。また,電子密度分布解析により,電子不足なdz2軌道を可視化することに成功した。
さらに,分光学的手法で得られたスペクトルを計算科学により検証することで,開発したニッケル錯体が反応溶液中でも歪んだ八面体構造をしていることを示した。これは,X線結晶構造解析,分光学的手法,計算科学の三つのアプローチを組み合わせることで,初めて得られた成果。
開発した触媒により,既存の分子とは置換基パターンの異なる新しいキラル分子の合成が実現された。また一連の解析手法により,ニッケル錯体触媒が反応基質をどのように活性化するのか,実験的かつ定量的に理解することができた。今後,複雑なキラル分子の合成を可能とする金属錯体触媒の開発がさらに発展すると期待できるとしている。