東京大学と東京工業大学は,冥王星表面にあるクトゥルフ領域が冥王星の巨大な月カロンが形成したときのジャイアント・インパクトの痕跡であることを示した(ニュースリリース)。
2015年8月,探査機ニューホライズンズは,冥王星に初めて接近通過し,観測を行なった。その結果,冥王星表面には驚くほど多様な物質や地形が存在していることがわかった。その中でもクジラ模様の褐色の地域「クトゥルフ領域」が注目された。
探査機ニューホライズンズの取得した分光データから,クトゥルフ領域は,水氷と褐色の高分子有機物が混合した物質でできていると考えられている。これまで,冥王星に限らずカイパーベルト天体に存在する褐色物質の候補として,大気中の化学反応でできる有機物エアロゾルが考えられてきた。
しかし,このようなエアロゾルは全球的に生成し,地表面に比較的均一に分布するはずであり,クトゥルフ領域のように地域性の高い褐色物質の分布を説明できない。クトゥルフ領域は冥王星の赤道域に存在しており,何らかの大規模現象でできた可能性があるが,その成因は全くの謎であった。
研究グループは,冥王星にジャイアント・インパクトが起きた場合,衝突地点付近の氷が加熱されて広大な温水の海ができ,そこで冥王星に元々存在していた単純な分子種が重合反応を起こして褐色の有機物が生成されるのではないかと考えた。
そこでホルムアルデヒドとアンモニアを含む水溶液を50 ℃で4ヵ月間加熱し,可視透過スペクトルを調べたところ,冥王星に存在する単純な分子種が,およそ50℃以上で数ヵ月以上加熱されると,クトゥルフ領域に存在するような褐色の有機物になることを明らかにした。
さらに数値シミュレーションによって,そのような加熱がカロン形成のジャイアント・インパクト時に,クトゥルフ領域と同程度の位置や広さにわたって生じることを示した。冥王星以外のカイパーベルト天体にも,クトゥルフ領域に見られるような褐色物質が存在しているが,これまでその成因や多様性についての統一的な説明はなされていなかった。
この研究は,カイパーベルトで頻繁に起きていたジャイアント・インパクトが,このような天体の色の多様性を生み出したという新たな描像も提案する。このことは,地球―月系の起源であるジャイアント・インパクトも含め,地球形成領域から太陽系外縁部までにわたって原始惑星同士が頻繁に衝突・合体するという大変動があり,これを経て現在の姿になったことを示唆するものだとしている。