北大,新奇な出来事が記憶を強化する仕組みを発見

北海道大学は,脳の海馬に無意識に形成された,ささいな「日常の記憶」の多くは1日で忘れられるが,直前や直後の新奇な体験があると忘れにくくなることを光遺伝学的手法などにより発見した(ニュースリリース)。

「晩ごはんにどこで何を食べたか?」などの,ささいな「日常の記憶」は脳の海馬に無意識に形成されるが,その多くは1日で忘れられることが知られている。一方で,「晩ごはんに行く途中で学生時代の旧友に偶然出会った」など新奇で思いがけない出来事を直前あるいは直後に伴う場合,ささいな日常の記憶が長期にわたり保持される現象が知られている。

マウスやラットをモデルとした行動試験により,この新奇な体験による記憶の保持の強化には,海馬のドーパミンD1受容体の活性化が必要であることが分かっていたが,その新奇な体験により,海馬にドーパミンを放出する脳領域や神経機構は明らかではなかった。

研究グループはマウスの「日常の記憶」を調べる行動試験を新たに開発した。さらに,各種受容体の阻害薬を使った薬理学的手法,神経細胞の活動を調べる電気生理学的手法,特定の神経細胞の活動を制御する光遺伝学的手法,TH陽性細胞を同定する解剖学的手法を組み合わせることにより,新奇な体験による記憶の保持の強化を担う脳領域を同定した。

マウスの行動実験では,報酬の餌が隠されている砂つぼの場所を「日常の記憶」とし,新奇な体験として,珍しい素材の床を設定した。海馬に各種受容体の阻害薬を投与して行動実験を行った結果,新奇な体験による記憶の保持の強化には海馬のドーパミンD1受容体の活性化が重要であることが分かった。

こうした新奇な環境を体験している間の神経細胞の活動を調べたところ,腹側被蓋野よりも,青斑核のTH陽性細胞において,神経活動の増加が顕著だった。海馬への投射線維を調べると,青斑核のTH陽性細胞由来の線維の方が腹側被蓋野のTH陽性細胞由来のものよりも,圧倒的に多いことが分かった。

さらに,青斑核のTH陽性細胞を光遺伝学的な方法で活性化させると,新奇な体験による記憶の保持の強化が再現されたが,腹側被蓋野のTH陽性細胞の活性化では同様の効果が認められなかった。青斑核のTH陽性細胞の光遺伝学的な活性化による記憶の保持の強化は,海馬におけるドーパミンD1受容体の阻害に感受性を示したが,βアドレナリン受容体の阻害には影響されなかった。

記憶の根底にある主要なしくみの一つであるとされる海馬CA1領域におけるシナプス伝達の長期増強も,青斑核のTH陽性細胞の光遺伝学的な活性化により亢進した。この亢進は,ドーパミンD1受容体の阻害で消失したが,βアドレナリン受容体の阻害には影響されなかった。

したがって,本来はノルアドレナリン作動性であるはずの青斑核のTH陽性細胞は,海馬でドーパミンを放出し,新奇な体験による記憶の保持の強化を担うことが示唆された。

今回の研究により,私達の日常の記憶が直前あるいは直後の新奇な体験により修飾され,その保持が強化される神経機構の一端が明らかになった。今後,この分子メカニズムを明らかにすることを通じて,日常の記憶に障害がみられる健忘症を予防または改善する新たな創薬への貢献が期待されるとしている。

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