宇宙航空研究開発機構(JAXA)は,静止軌道上に打上げた太陽光パネルで発電を行ない,地上にエネルギーを伝送する SSPS(Space Solar Power Systems)の要素技術として,宇宙から地上を模した経路において,高精度に制御されたレーザービームによる電力伝送に世界で初めて成功したと発表した。
SSPSは宇宙で発電したエネルギーを地上に送る未来のシステムで,地上へのエネルギー伝送方法としてマイクロ波やレーザーが検討されている。JAXAでは2年前にマイクロ波による同様の実験に成功しており,今回のレーザーによる実験は2016年の5月10日~16日,日立製作所の水戸事業所にある高さ213mのエレベーター実験棟にて行なわれた。
実験は宇宙から地上にレーザーを照射する際に問題となる大気揺らぎ,特に接地境界層と呼ばれる地面からの熱の影響が大きい地上数十m程度の層を介して正確にレーザーを屋上から地上の光電変換装置に届けられるかを試した。実用では常時0.1μradのビーム方向制御が求められるが,今回は1μradの精度を目標として行なわれた。これは200mの実験棟の上から地上にある0.2mmの針孔を通すことに相当する。
実験システムとして,屋上側(衛星側)にダウンリンクユニット(エネルギー伝送用の高出力レーザー(1070nm,350W,加工用ファイバーレーザーを利用),ビーコンレーザー(980nm,0.1W),レーザーの方向制御を行なう光学系)を,地上側にはアップリンクユニット(方向制御精度の計測装置,パイロットレーザー(852nm,0.1W))および光電変換装置をそれぞれ設置した。
レーザーを正確に照射するために,まず照準用のパイロットレーザーをアップリンクユニットから照射し,これをダウンリンクユニットで受光センサーの定位置に来るように回転ミラーで調整する。その後,ダウンリンクユニットからアップリンクユニットへビーコンレーザーを照射し返し,両者が同一軸上に重なることを確認してからエネルギー伝送用レーザーを照射する方法を開発した。
この結果,レーザーを屋上から地上へと照射することに成功した。方向制御は目標の1μradに対し約2.5μradと下回ったが,制御によりビーム制御にばらつきが少なくなり,制御方法としての妥当性は確認できたという。特に高出力レーザーに対応するミラーが大型となったため,高速の回転が難しくなったことが下回った原因の一つだとしている。また,制御が逆に悪影響を与えた周波数域もあった。
照射した350Wのレーザーは74.7Wが電力に変換された(変換効率21.3%)これは目標値の60Wを大きく上回る値。今回,レーザーは直径12cmのガウシアンビームとして照射されたが,接地境界域では波面が乱れる。これを光電変換装置の前に設けたホモジナイザーで整えたが,今回その有効性が確認できた。一方でホモジナイザー内でのロスもあり,伝送システム内の損失と共にその改善が必要だという。今後は改良により変換効率35%を目指す。
SSPSの実用化はまだまだ先だが,今回実用化途中の「踊り場成果」として,受光したエネルギーをドローンに供給して飛ばすことに成功した。実験の給電は有線で行なったが,将来的には研究成果を応用してレーザーで給電できればバッテリーの制約の無い長時間飛行が可能になり,監視などへの応用がさらに進むとしている。
マイクロ波によるエネルギー伝送と比較したとき,レーザーは波長が短く比較小規模なシステムで運用できる一方,天候の影響を受けやすいため複数の受光設備が必要になるほか,送光・受光素子のエネルギー効率がマイクロ波より悪いという弱点もある。どちらが技術の本命となるかについては「ロケットの積載量の進歩によっても異なってくる。一長一短があり,それぞれの長所を活かした使い方になると考えている」(SSPS研究チーム チーム長 大橋一夫氏)としている。
また,レーザーを用いたエネルギー伝送は人体への影響を危惧する声もあるが,アイセーフを確保する必要はあるものの,エネルギーはビームの中心でも皮膚などに影響の無いようにしており,航空機などが破壊されるようなこともないという。受光エリア付近を立入禁止にし,レーザーの通る空域の飛行を制限することで,問題の無い運用ができるとJAXAはしている。
なお,今回の実験の光学系(アップリンクユニット/ダウンリンクユニット)は川崎重工が担当し,光電変換装置はシャープが製作した。