愛知県では大学等の研究開発を産業に移転し,さらに付加価値の高いものづくりを進める研究開発拠点として,愛・地球博跡地にシンクロトロン光センターなどを中心とする「知の拠点あいち」の設置を進めている。
「知の拠点あいち」では,愛知県が科学技術交流財団に委託して実施する産学連携事業「知の拠点あいち重点プロジェクト」が行なわれており,その一つである「食の安心・安全技術開発プロジェクト」では,食品等における①残留農薬等の有害物質の検出 ②混入異物の検出 ③微生物の検出 の3つをテーマに研究を進めており,食品開発展2015(10月7日〜9日,東京ビッグサイト)にてその成果と試作機を発表した。
今回発表のあった10の研究のうち,6つが光を利用したものであった。ここでは試作機の展示が間に合わなかった1つを除く,5つの研究について紹介したい。
残留農薬等の有害物質の検出
このうち ①残留農薬等の有害物質の検出 については,青山学院大学,豊橋技術科学大学,三井金属計測機工らのグループが「分光式モバイル型残留農薬測定装置」を 開発した。現在野菜等に付着した残留農薬の検出には, 試料を有機溶剤で溶かしたものを気化させて検査を行なうガスクロマトグラフィーなどが広く行われているが,装置が大型で持ち運びができないほか,検査工程も複雑で時間もかかるのが問題点だった。
開発した装置は120×171×240mmと小型で現場に持ち運べるのが特長。検査は有機溶剤が入ったビニール袋に試料を入れて振った後,センサ分子と呼ぶ近赤外領域で光反応を示す試薬を加え,キュベットに入れて装置にセットするだけ。数秒〜数十秒で検出下限0.1ppmの測定結果が得られる。
光源は青色LEDで,独自に開発した蛍光ガラスを介して得られる750〜1050nmの測定光で分光検査を行なう。このスペクトルは夾雑成分の影響を受けにくく,測定に適しているという。ただし,試料の農薬は微量であるため反応が弱く,そのままでは測定が難しいため,同じく独自に開発した発光を増強するセンサ分子を加える必要がある。
センサ分子は検出する農薬によって変える必要がある。現在は7種類のセンサ分子を開発しており,36種類の農薬が検出できる。しかし,現在使用されている農薬は700種類以上あると言われており,今後はより多くの分子センサを開発する必要がある。研究グループでは,そのうちの主な60種の農薬に対応すべく,研究を進める予定だ。
混入異物の検出
食品業界では異物混入は大きな問題になりかねない。これまでもX線による検査装置はあったが,毛髪や小さな虫,アルミ片などの検出は苦手だという問題があった。また,検査員の被爆や試料の変質といったX線特有の問題も避けて通ることができない。
これに対し,THz波は水分含有量が少ない食品や包装用プラスチックなどに高い透過特性を持ち,パッケージ内部や厚みのある食品内部の異物を検出することができる。開発したTHzイメージング異物検査装置はチョコレートなら厚さ15mmまで検査が可能となる。またTHz波は人体に対しても安全性が高いことから,ラインでの検出装置として期待が高い。
この装置の開発は名古屋工業大学と富山大学が行なった。 NTTエレクトロニクスが開発した光源を用いて,三井金属計測機工が装置を試作している。検査ユニットとして完成したTHzイメージング装置はこれが世界初だという。
波長は0.3THzだが,これはもともと0.1THzの光源に周波数逓倍器を組み合わせて得ている。検出器はそれぞれ水平方向と垂直方向に感度のあるアンテナを1つずつ2mm角のチップ上に半導体プロセスによって形成した。この素子をを50個並べて検出器アレイを構成しており,検出器アレイ方向分解能は0.8mmとなっている。
この検査装置はライン上に設置されることを想定しており,ベルトコンベアー速度20〜30m/分での検査に対応する。今後は異物識別判定などの高速画像処理機能を開発するなどして,製品化を目指す。
ただし,THz波は水の吸収が高いため,水を多く含む製品が多い食品業界では使用に適さない場面も想定される。また,髪の毛の検出には解像度が足りないことから,プロジェクトグループでは薬品など他の産業での応用も開拓したい考えだ。
透過検査を可能にするもう一つの技術として,NIRイメージング異物検査装置が豊橋技術科学大学と三井金属計測機工によって開発が進められている。これは850nmの近赤外LEDをライン光源として試料の下から照射し,上部に設置したラインスキャンカメラで透過光を撮影する装置で,いわゆる「生体の窓」である近赤外光を利用したもの。食品と透過率の異なる異物であれば無機,有機物に関わらず検出できる。
検査が可能な食品は近赤外光が透過可能な素材に限られるが,チョコレートなら5mm厚まで透過する。ただし,試料内部での内部散乱の問題があるので,実際に異物が検出できるのは,髪の毛(長さ10mm以上)の場合で表面から2mm,コバエならば4mm程度の深さが検出限界になるという。分解能は高く,X線検査装置の0.4mmに対して0.1mmとなっている。
今後は食品内含物と異物とを識別するアルゴリズムの開発や画像処理の高速化を目指すとしているが,装置本体としては完成の域にあるので,要望があれば販売も並行して行なっていくという。
微生物の検出
食品業界にとって最も怖いのが食中毒の事故だ。食中毒の原因菌の検出は,培養地で一晩から数日をかけて菌を培養する同定法により行なわれるが,特に生鮮食料品などで,この検査時間を大幅に短縮することが求められている。
名古屋に本社を置く槌屋はトヨタ自動車向けに塗料や樹脂などの化学材料を扱う商社だが,カメラで部品表面の微細なキズを検出する画像分析装置の開発も行なっている。最近ではμmレベルのキズ検出も手がけていることから今回のプロジェクトに参画を要請され,豊橋技術科学大学と共に光学式微生物微小コロニー検査装置を開発した。
食品の衛生検査において,細菌類を検出する方法に微生物培養法がある。これは検査対象の表面から採取した試料を培養し,菌をコロニーと呼ばれる目に見えるサイズの集団に育ててカウントするというものだが,培養に一晩から数日程度かかるため,より迅速な検査方法が模索されている。
開発した検査装置は,高感度・高解像度のカメラを使うことで,コロニーが非常に小さい状態から蛍光観察をすることが可能となった。大腸菌ならば37℃/3時間程度の培養で,50㎛以下,100cel程度の微小コロニーとして検出できるという。
高感度・高解像度検査においては食品マトリクスと呼ばれるノイズ成分が試料に混じる問題があるが,蛍光強度の経時変化を利用することによってコロニーと識別することを可能にした。
研究では,この装置によって検出したコロニー数と,その後時間をかけて同じ資料を培養した後のコロニーの数や位置を比較したところ,非常に高い精度で一致することを確認している。また卓上サイズなので,場所を選ばないのも特長の一つとなっている。
さらに迅速な検出を可能にする方法として,槌屋と名古屋大学,青山学院大学は,近赤外蛍光検出式食中毒菌検査装置も発表した。この装置は培養を必要とせず,15分程度の作業時間で菌の同定と検出を可能にするというもの。
これは菌と抗体が結合することを利用したもので,まず,抗体を標識した基板に試料液を滴下すると,抗体に応じた菌が基板上の抗体と結合する。次に蛍光ガラスの粒子と抗体を結合させた「蛍光ガラスー抗体液」を基板上に滴下すると,この液も基板上の菌に結合する。ここに近赤外光を照射することで,蛍光ガラスが蛍光標識となって菌を検出する。
この蛍光ガラスは最初の「分光式モバイル型残留農薬測定装置」のLEDフィルターとして使用されている蛍光ガラスと同じ過程で開発されたもの。近赤外蛍光検出式食中毒菌検査装置では励起抗原に中心波長808nmのLEDを用いており,950~1000nmをピークとしたS/N比の高い蛍光スペクトルを得ることができる。
この装置は菌の迅速な検出を可能とするが,一方で検出したい菌に合わせた抗体を用意する必要がある。現在完成している抗体は大腸菌など3種類だが,プロジェクトグループでは他にも数種類の抗体の開発を進めているほか,レーザーを走査するタイプの光源を用いた装置も開発しており,こちらはさらに高い分解能を得ることができるという。
「食の安心・安全技術開発プロジェクト」では,5年のプロジェクト期間を来年に終了する。今回のプロジェクトは食の分野における光技術の高いポテンシャルを感じさせるものである一方で,光だけで完全な検査を行なう難しさも垣間見ることができた。従来の技術と補完し合うことで,より高いレベルの検査が可能になりそうだ。
検査分野の他にも加工や殺菌など,食品業界では光が期待される分野は多い。巨大市場なだけに,まだまだ参入の余地は多そうだ。今後の参入状況に注目したい。