キヤノン,浜松ホトニクス,三菱電機ら,すばる望遠鏡の超広視野カメラを開発

すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」(HSC)が本格的な観測を始め,アンドロメダの画像を公開した。HSCは国立天文台が中心となり,東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構など国内外の研究機関とともに 10 年以上の歳月をかけて開発された。国内外の研究機関とともに,宇宙空間の多くを満たすと考えられている,未知の物質「ダークマター」の分布を,重力レンズ効果を用いた直接探査などで観測を進める予定。

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HSC は,満月9個分の広さの天域を一度に撮影できる世界最高性能の超広視野カメラ。新たに開発した116 個の CCD 素子を配置し,計8億7000万画素を持つまさに巨大なデジタルカメラと言えるもの。すばる望遠鏡に当初から搭載されている 「Suprime-Cam」では,アンドロメダ銀河の一部 (満月よりやや広い視野)を撮影できていたが,HSCによりアンドロメダ銀河のほぼ全体を1視野で捉えることができるようになり,観測の効率が大きく高まった。

HSC には,複数の日本企業が開発した最新の技術が使われている。幅広い波長域にわたり非常に高い感度を有し,遠方天体観測に特段の威力を発揮する CCD 素子は,浜松ホトニクスが国立天文台とともに新規に開発した。光学収差や大気分散を補正し,高い結像性能を達成する補正光学系はキヤノンが開発。重さ数トンの HSC 全体を1~2㎛の位置精度で制御しながら望遠鏡上で安定した観測姿勢を保持するための主焦点ユニットは,三菱電機が担当した。

CCD

浜松ホトニクスが製造したCCDは,初代Suprime-Camに使用していた米国マサチューセッツ工科大学リンカーン研究所(MIT)製CCDの性能に加え,近赤外域に感度を伸ばし,ばらつきのない品質で大面積CCD(3cm×6cm)116個の量産を実現した,完全空乏型の裏面入射型。

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厚い完全空乏型で裏面入射型のため,紫外線波長300nmから近赤外線波長1100nmに高い感度があり,1000nmの量子効率(感度)は40%とMIT製CCDの2倍。116個のCCDで1つの超広視野カメラをつくるため,4辺を突き合わせてタイリングする4辺近接構造だが,同社の量産技術で,ばらつきのない高品質を実現した。1個の受光面面積は約18cm2(3.072cm×6.144cm),1画素15μm角で838万画素(2048×4096),動作温度マイナス100℃,読み出し雑音5電子以下(2乗平均平方根),暗出力5電子以下(画素・時間)。
このCCDの技術は,軟X線ダイレクト検出器やラマン分光分析などに発展し,今後も軟X線,近赤外,電子線などの応用が期待されている。

CCDについて詳しくはこちら。

補正光学系

キヤノンが開発した補正光学系は,より広い視野角を得るために主鏡からの焦点距離を短くしたときに起きる,視野周辺部での像の歪みやボケといった収差を補正する。HSCは 「Suprime-Cam」に対して3倍の視野角を持つ設計のため,直径507mmだった 「Suprime-Cam」の補正光学系のレンズを単に大きくするだけではなく,すばる望遠鏡に搭載できる大きさと重量の制約から,外形は1,000mm以下,重さは900kg以下という条件下での開発が求められるなど,シビアな設計となった。

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今回,キヤノンが補正光学系のために製造した非球面レンズの直径は820mm。製造には同社の半導体露光装置,FPD露光装置,レンズ製造装置が用いられた。光学設計は重量制限と,レンズが多くなると補正が困難になることからレンズ群は5枚に決定。また,鏡筒も軽量と強度を両立できるセラミックス製とし,従来と比べて比重を4割減らしつつ,剛性は2割高めることに成功している。

このセラミックス鏡筒と,レンズに使用した光学ガラスは熱膨張率が異なるため,温度変化が光軸がずれる原因となるが,これに対しては「S-Lec」という支持材を開発した。光学ガラスと同じ熱膨張率を持たせることで,温度変化による光軸のずれを抑える仕組みとなっている。

補正光学系について詳しくはこちら。

主焦点ユニット

三菱電機が製造取りまとめを行なった主焦点ユニットは,補正レンズやカメラユニットなどにより構成される約2.2 トンの重量物を支えながら,望遠鏡のたわみを補正し,常に主鏡に対して最適な位置に数㎛の精度で位置合わせを行う6 本ジャッキと,視野回転を数秒角の精度で補正するインストゥルメント・ローテータを備えている。

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望遠鏡が画像を捉えていく中で,歪みを引き起こす原因となる大気のゆらぎを楕円柱ドームによる温度制御方法により,従来の球形ドームと比較して大幅に削減した。「すばる」は有効口径8,200mm,厚さ200mmの一枚鏡を様々な角度に傾けながら集光を行なうが,その主鏡がたわまないよう絶えず適切な鏡面を保つ為,261個のアクチュエータで主鏡をコントロールする。

主焦点ユニットについて詳しくはこちら。

 

昨年から続いている一連の性能試験観測により,HSC の視野全体で設計通りの星像を達成していることが確認された。今後,国立天文台と東京大学カブリ IPMUが中心となり,すばる望遠鏡と HSC の組み合わせで達成されるシャープな星像と広視野を活かし,国内外の研究機関とともに重力レンズ効果を用いたダークマター分布の直接探査などの観測を進める予定。

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