東京工業大学,高輝度光科学研究センター,早稲田大学,量子科学技術研究開発機構の研究グループは,ニッケル酸ビスマス(BiNiO3)とニッケル酸鉛(PbNiO3)の固溶体が,組成に応じて金属間電荷移動と,極性−非極性転移という,2つの異なるメカニズムで,温めると縮む負熱膨張を示すことを発見した(ニュースリリース)。
光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では,わずかな熱膨張が問題になる。そこで,昇温に伴って収縮する「負の熱膨張」を持つ物質により,構造材の熱膨張を補償(キャンセル)することが試みられている。
これまでに,反強磁性転移,電荷移動,強誘電転移などの相転移が負熱膨張の起源となることがわかってきた。しかしながら,1つの材料系が複数のメカニズムによる負熱膨張を示す例はなかった。
ニッケル酸ビスマスは「Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3」という特徴的な電荷分布を持つペロブスカイト型酸化物。ビスマスの一部を希土類元素やアンチモン,鉛で,またはニッケルの一部を鉄で置換すると,昇温によってBi5+とNi2+の間で電荷の移動が起こるようになり,ニッケルが2価から3価に酸化される。この際,ニッケルと酸素の間の結合が収縮するため,結晶格子全体が約3%縮む。
一方,代表的な強誘電体であるPbTiO3(チタン酸鉛)では,極性の構造を持つ強誘電相から非極性の常誘電相への転移に伴い,約1%体積が収縮することが知られている。
研究グループは今回,ニッケル酸ビスマスとニッケル酸鉛の固溶体「Bi1-xPbxNiO3」を作成し,第一原理計算,第二高調波発生,大型放射光施設SPring-8での放射光X線回折実験,放射光X線全散乱データPDF解析,そして硬X線光電子分光実験を組み合わせて,結晶構造と電子状態変化を詳細に解析した。
その結果,0.05≤x≤0.25ではビスマスとニッケル間の電荷移動によって,0.60≤x≤0.80ではPbTiO3と同様,極性から非極性の結晶構造転移によって,それぞれ負熱膨張が起こることがわかった。また,x=1.0に対応するニッケル酸鉛は,これまで電気分極を持たない非極性の化合物だと考えられていたが,今回の研究で,PbTiO3の強誘電相同様,極性の結晶構造をしていることが明らかになったという。
今回,一つの材料系で,電荷移動,極性−非極性構造転移という,異なるメカニズムでの負熱膨張が実現した。研究グループは,今回の成果は4価を持つ鉛イオンの働きによると考えられ,今後の負熱膨張材料の設計指針構築につながるとしている。