名古屋大学,名古屋医療センターの研究グループは前臨床研究として,DLL3を分子標的とする小細胞肺癌に対する近赤外光線免疫療法の開発に成功した(ニュースリリース)。
小細胞肺癌は肺癌の15%を占める高悪性度の腫瘍で,手術が困難な,進行した状態で発見されることが多く,抗癌剤治療が必要となることが多い。近年,非小細胞肺癌に対する増殖シグナル阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬,血管新生阻害薬といった分子標的治療が次々開発されているが,小細胞肺癌に対する薬物療法はこの20年の間に大きな変化がなく選択肢も限られているため,効果的で新たな治療法が求められている。
最近,DLL3というタンパク質は成人の体組織には発現せず小細胞肺癌の細胞膜に特異的に発現していることが見出され,小細胞肺癌に対する新たな治療標的として注目されている。DLL3を標的とするRova-Tという薬剤が開発され,臨床試験が行なわれてきたが,効果と副作用に問題があり,開発中止となった。そのため,DLL3に対する新たなアプローチが求められている。
近赤外光線免疫療法は2011年にアメリカ国立がんセンター・衛生研究所が報告した新しい癌治療法で,癌細胞が発現するタンパク質を特異的に認識する抗体と光感受物質IR700の複合体を合成し,その複合体が細胞表面の標的タンパク質に結合している状態で690nm付近の近赤外光を照射すると細胞を破壊する。研究グループはこの近赤外光線免疫療法を小細胞肺癌の治療に応用することを試みた。
まず,名古屋大学医学部附属病院で手術を受けた日本人患者の手術検体を用い,腫瘍組織に免疫染色を行なった。その結果,小細胞肺癌においては8割の患者にDLL3の発現がみられた。
白人と日本人の小細胞肺癌の細胞におけるDLL3の発現を比較したところ,どちらの人種の細胞でも同様にDLL3の発現を認め,人種を超えて広く小細胞肺癌に発現していることが示唆された。
人体に投与された実績のある抗ヒトDLL3抗体:Rovalpituzumab と光感受物質IR700の複合体を合成し,Rovalpituzumab-IR700(Rova-IR700)を作成した。Rova-IR700を用い,細胞に対する近赤外光線免疫療法を実施した。
顕微鏡で観察したところ,近赤外光の照射後,速やかに細胞の膨張,破裂,細胞死が見られた。標的細胞と非標的細胞に同時に近赤外光を照射したところ,標的細胞のみに細胞死がおこり,非標的細胞には特に影響はなかった。マウスの担癌モデルにおいては明らかな腫瘍の増大抑制と生存の延長が示された。
この研究は近赤外光線免疫療法を人の小細胞肺癌治療へ応用する際,基礎的知見として貢献することが期待されるという。今後,胸部腫瘍に対する近赤外光の照射デバイスの開発や従来の治療との併用など,さらなる応用が検討されるとしている。