慶應科学技術展に見る光技術 ─注目の研究・開発

■ポータブルな光コム光源の実現へ
光カーコム光源とマイクロ光共振器
光カーコム光源とマイクロ光共振器

田邉孝純電子工学科准教授の研究グループでは,マイクロ光共振器による光カーコム光源などの研究開発を進めている。目指しているのは,ポータブルな光コム光源や小型な高繰り返し光パルス発生器の実現だが,キーとなっているのがガラストロイド光共振器と呼ぶ微小なデバイスである。

このガラストロイド光共振器は,直径が約100μmサイズの光を閉じ込める素子で,シリコンチップ上に集積して作製することが可能という。光の閉じ込め性能を示すQ値は108を達成できるとし,その係数は光を100ナノ秒閉じ込める性能に相当するとしている。

また,非線形光学効果を効率的に発現できるとしていることから,前述の光源の小型に加え,応用として超高感度なpHセンサーや単一分子センサーなども展開できるという。

光を閉じ込める原理だが,田邉氏によると,「光は直径100μm程度のディスクの側壁に沿って全反射しながら伝搬するが,光が周回するので,ディスクの中に閉じ込めることができるというもの。こうして閉じ込められた光のことをウィスパリング・ギャラリー・モード(Whispering gallery mode:WGM)と呼ぶ。WGMの名前は,「ささやきの回廊」の光版であることに由来しているという。ささやきの回廊は,セント・ポール大聖堂において,壁に沿ってささやくと,音響波が一周して自分の背面から自分の声が聞こえてくる現象としてよく知られている」と語る。

■省電力データセンターネットワークへ―HOLSTを提案

山中直明情報工学科教授の研究室では,データセンターの省電力化の実現を目指し,超高速光スイッチを用いたアーキテクチャの研究開発に取り組んでいる。

IoTの普及などによってデータセンターの設置数増大が予測されており,さらなる消費電力の増加が指摘されている。現在,データセンターのネットワークでは主として電気回線が使用されているが,これを光回線に置き換えることで消費電力が削減できると期待されている。

山中研究室が提案しているのはデータセンターネットワークの高速切り替え光スイッチ導入の効果を狙うもので,従来の空間分割に加えて時分割多重光開発を利用可能にするHOLST(High-speed optical layer 1switch system for time slot switching based optical data center networks)と呼ぶネットワークアーキテクチャだ。

サブ波長容量のフローをTDMによって光回線へ収容することで従来の電気スイッチを削減し,一層の省電力化を可能にする。高速切替スイッチの利点としては,サブ波長容量でもガードタイムの影響を受けずに通信容量を最大限活用できることが挙げられている。

■低解像度赤外線アレーセンサーを用いた見守りシステム
低解像度赤外線アレーセンサーによる行動識別システム
低解像度赤外線アレーセンサーによる行動識別システム

大槻知明情報工学科教授の研究室では低解像度赤外線アレーセンサーを用いて,得られた室内温度分布の変化から,転倒や着席,歩行などいった人の行動や位置を識別する研究開発を進めている。

低解像度である理由については,プライバシーに配慮しているためとしている。人の行動はセンサーが反応した画素数の個数で識別するとし,992画素の低解像度赤外線アレーセンサーを高さ2.57~2.75 mの天井(測定範囲約5m×5m,室温15~25℃)に取り付けて行なった識別率の実験では,転倒が100%,歩行が90.9%,着席が94.7%,静止が100%,無人が97.7%を得たという。

この方式では,赤外線カメラを使用しないため,天井や壁にセンサーを埋め込むことで実用性が高まるとし,さらに低コスト化も可能にするという。

実用化に向けては課題もある。識別対象物以外の温度の変化を検知するというもので,ロバスト性の向上が求められている。その課題解決に向けてはさらなる研究開発を進めるとしていることから,今後の開発の行方が注目される。◇

(月刊OPTRONICS 2017年2月号掲載)