次に,これらのスペクトル計測を,動いているミドリムシに対して行なうため,「ミドリムシチューニング」をSRS顕微鏡に施したという。具体的には2つの改良点を挙げている。一つは,ミドリムシの栄養分を検出するために有効な撮像条件を見出したこと。もう一つはフレームレートを従来の1秒当たり30枚から,110枚に高めたこと。
この結果,4つの分子振動周波数に対応するSRSスペクトル像を37ミリ秒という極めて短い時間で取得し,ミドリムシが細胞内に蓄積する物質を,無染色でカラーイメージングすることに成功した(図3,写真1)。
実際,この開発した高速SRS顕微鏡を用い,ミドリムシの細胞内物質の代謝量を調べた。小関氏によると,ミドリムシが溜め込む栄養素は,外部環境条件によって変わるという。具体的に行なった実験は,窒素欠乏ストレスをミドリムシに与えることで変化する栄養素を観察するというもので,細胞の培地から重要な栄養分となる窒素を含むものを無くすという窒素欠乏状態をつくり,そのうえで,窒素欠乏状態に置かれる前の細胞集団と,窒素欠乏に置かれてから2日目,5日目の細胞集団から,それぞれ約100匹の細胞を観察し,評価を比較した。
図4は,その細胞一つ一つに含まれる葉緑体,脂質,パラミロンの量を計測した結果をプロットしたものだが,小関氏は,「この結果を見ると,細胞ごとにバラつきがあるのが分かる。まず,外部環境条件に変化を与えていない窒素充足されている場合には,葉緑体の量が多い。窒素欠乏状態下の2日目になると,葉緑体は次第に分解されて少なくなり,脂質の量が増え,パラミロンの量も増してくる。さらに5日目になると,脂質とパラミロンの量が非常に多くなることが見て取れる」とし,従来のクロマトグラフィーや質量分析などによる化学的計測法では,この結果の平均しか計測できなかったのに対し,今回の手法では,細胞一つ一つのこうした個性を動いている状態で判別することを可能にした。
今回の実証実験では100匹程度の計測であったが,これを1秒間に1,000匹以上の個体を計測することができる見込みだという。これにより,脂質やパラミロンを溜め込む,より多くの細胞を見つけ出すことができるようになる可能性があり,小関氏は「今回の研究で,その足掛かりを見出すことができた」と語る。また,この手法はミドリムシのみならず,他の微細藻類に対しても有効だとしている。
今回の研究では千葉大学のグループと,各スペクトルデータをコンピューターによって分離する手法を共同で開発したという。また,ユーグレナや慶應義塾大学,東大医科学研究所とのグループも参画しており,異分野融合で研究開発に取り組んだことにより,今回の成果を得たとしている。
近年,微細藻類を用いて様々な物質を生産する技術が注目されており,この技術がバイオ燃料や医薬品,食料,プラスチックなどへの応用に期待されている。そのカギを光技術が担うインパクトは大きい。
今回の小関氏ら研究グループの成果は単一の分子振動周波数のラマン信号を1秒間に1,000万回という超高速で取得することでイメージングを行なうことを可能にしたものだが,これはこのImPACTプログラムが目指す細胞検索エンジンの実現に向けて大きく前進させる結果という。高速細胞イメージングの研究開発は様々なアプローチで進んでいるが,今後の研究開発の動向に注目したい。◇
(月刊OPTRONICS 2016年11月号掲載)