眼医者迷医者

桜の花がそろそろ満開になる頃の話である。会社までの通勤路を歩いていたら,にわかに一陣の風が吹いて目がチクリとした。砂埃が目に入ったようだ。目尻がゴロゴロとして何とも気持ちが悪い。

いずれ涙とともに流れ落ちるだろうとタカをくくっていたが,半日経ってもその気配がなく,僕は会社の帰りに眼医者に寄ることにした。光オタクの僕にとって目は大切な道具だ。でも,たかだか目に入ったゴミを取るくらいのことだからと,帰宅途中に寄りやすいことを最優先に,ネットで病院を調べ,そこに行くことにした。

その病院は,通勤経路から少し外れた住宅地の中にあった。何やら怪しい雰囲気だが,一応,「〇〇眼科」と書かれた看板が立っている。意を決し病院の中に入った瞬間,僕は言葉(いや思考を)を失った。

受付のカウンターには誰もいなくて,書類がうず高く積まれている。待合室の黒い人工皮革の長椅子はしみが浮き出たように白けている。壁に貼ってある医療費改正のポスターは色が褪せている。そもそも花粉症シーズンなのに患者が誰もいない。敵前逃亡が頭をよぎったその時に,診察室の方から,「どなたですかー?」と可愛らしいけれども明らかに年齢を重ねた人の声が聞こえてきた。

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