近距離光通信向け高効率ポリマー光変調器

3. 近距離光通信向けEOポリマー変調器

3.1 近距離光通信向けEOポリマー

これまでEOポリマーは長距離光ファイバ通信用途に開発されてきたためCバンド(1530−1565 nm)の波長域でその性能を最大限発揮するように分子設計されており,より短い波長であるOバンドでは材料由来の吸収損失が大きいためデータセンターネットワークには適用が困難であった。私たちの研究グループではEOポリマーの分子を再設計し,Oバンドでの吸収を抑制した近距離光通信向けのEOポリマーを合成した。図3に近距離光通信向けと従来の長距離光通信向けのEOポリマーの赤外吸収スペクトルの結果を示す。Cバンド帯ではどちらのEOポリマーも大きな変化はないが,長距離光通信向けのEOポリマーは1360 nmから短波長になるほど吸収が顕著に増加しているが,近距離光通信向けEOポリマーでは1360 nmから短波長側にも吸収増加は見られずOバンドでの材料由来の吸収が抑制されていることがわかる。

図3 EOポリマーの赤外吸収スペクトル測定結果
図3 EOポリマーの赤外吸収スペクトル測定結果
3.2 高速光伝送評価
図4 高速変調測定のセットアップ
図4 高速変調測定のセットアップ

スロット導波路型変調器に近距離光通信向けEOポリマーを適用し,その変調特性を測定した結果,波長1310 nmでVπL=2.85 Vmmが得られた。VπLはこれまでに報告されている無機材料やシリコンを応用したOバンド帯の変調器ではそれぞれVπL=20–30 Vmm4, 5),VπL=9–13 Vmm6, 7)であり,近距離光通信向けのEOポリマーはOバンドでの吸収を抑制しながら,高いEO特性を維持しており,その光変調器はOバンド帯において駆動電圧の大幅な低減を実現した。スロット導波路型変調器の高速変調を実証するため,NRZ-OOK(Non Return to Zero-On Off Keying)信号を用いてアイパターン測定を行った。図4に高速変調測定のセットアップを示す。任意波形発生器(AWG)でNRZ-OOK信号を生成し,高周波(RF)アンプで増幅した電気信号がピコプローブを介して電極に入力される。電気信号は50Ωの外部抵抗によって終端される。変調光はプラセオジム添加フッ化物ファイバーアンプ(PDFA)で増幅され,バンドパスフィルター(BP)でフィルタリングされた後,フォトディテクター(PD)で検出し,デジタル通信アナライザ(DCA)でアイパターンを解析した。

図5(a)および(b)には,それぞれOバンドで測定されたアイパターンを示す。電極に入力した電圧はVpp=2 Vでビットレートは最大で64 Gbits/sである。図5から64 Gbits/sにおいても明瞭なアイパターンが得られていることがわかる。また,アイパターン解析から64 Gbits/sにおける光信号対雑音比(OSNR)4.30 dBが得られた。光通信における通信品質の指標となるデータの完全性はビットエラーレート(BER)(値が小さいほど通信品質が高いことを意味する)で評価される。OSNRから64 Gbit/sにおけるBERを算出すると8.5×10–6が得られた。この値は,高密度前方誤り訂正(HD-FEC)の7%オーバーヘッド閾値である4.0×10–5を大幅に下回り,高速通信においても高い通信品質が維持されることを示している。

図5 アイパターンの測定結果 (a)40 Gbits/sおよび(b)64 Gbits/s
図5 アイパターンの測定結果 (a)40 Gbits/sおよび(b)64 Gbits/s

4. おわりに

本稿では,EOポリマー光変調器の高性能化や信頼性向上への取り組み,シリコン導波路と組み合わせた光変調器の開発,さらに近距離光通信への応用に向けた研究について述べた。高性能なEO変調器を実現するには,近年飛躍的に性能が向上したEOポリマーの開発や,シリコン光導波路の応用といった基盤技術が重要な役割を果たしている。EOポリマーを用いた光変調器は,期待されていた高速応答性や低消費電力特性を実現するとともに,シリコン導波路との組み合わせによって小型化にも対応可能となる。この特性は,通信以外の分野でも大きな強みとなるため,今後は自動運転技術やセンシング技術など幅広い分野でのさらなる応用が期待される。

参考文献
1)M. Lee, H. E. Katz, C. Erben, D. M. Gill, P. Gopalan, J. D. Heber, and D. J. McGee, “Broadband modulation of light by using an electro-optic polymer,” Science 298, (2002).
2)R. Palmer, S. Koeber, D. L. Elder, M. Woessner, W. Heni, D. Korn, M. Lauermann, W. Bogaerts, L. Dalton, W. Freude, J. Leuthold, and C. Koos, “High-speed, low drive-voltage silicon-organic hybrid modulator based on a binary-chromophore electro-optic material,” Journal of Lightwave Technology 32 (16), 2726-2734 (2014).
3)H. Miura, F. Qiu, A. M. Spring, T. Kashino, T. Kikuchi, M. Ozawa, H. Nawata, K. Odoi, and S. Yokoyama, “High thermal stability 40 GHz electro-optic polymer modulators,” Opt. Express (2017).
4)E. Berikaa, M. S. Alam, W. Li, S. Bernal, B. Krueger, F. Pittala, and D. V. Plant, “TFLN MZMs and Next-Gen DACs: Enabling Beyond 400 Gbps IMDD O-Band and C-Band Transmission,” IEEE Photonics Technology Letters 35 (15), 850-853 (2023).
5)E. Berikaa, M. S. Alam, S. Bernal, R. Gutierrez-Castrejon, W. Li, Y. Hu, B. Krueger, F. Pittala, and D. V. Plant, “Next-Generation O-Band Coherent Transmission for 1.6 Tbps 10 km Intra-Datacenter Interconnects,” Journal of Lightwave Technology 42, 1126-1135 (2024).
6)D. Perez-Galacho, C. Baudot, T. Hirtzlin, S. Messaoudène, N. Vulliet, P. Crozat, F. Boeuf, L. Vivien, and D. Marris-Morini, “Low voltage 25 Gbps silicon Mach-Zehnder modulator in the O-band,” Opt. Express 25 (10), 11217 (2017).
7)W. C. Hsu, N. Nujhat, B. Kupp, J. F. Conley, H. Rong, R. Kumar, and A. X. Wang, “Sub-volt high-speed silicon MOSCAP microring modulator driven by high-mobility conductive oxide,” Nat. Commun 15, (2024).

■High-efficiency polymer optical modulator on silicon platform
■Hiromu Sato
■Institute for Materials Chemistry and Engineering, Kyushu university Assistant Professor

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