光周波数コムを用いた物体の運動に関する超精密計測と校正法

1. はじめに

筆者は2017年より精密工学の分野で,特に物体の運動や形状に関する精密計測に関する研究を行っている。本稿では,物体の運動計測に関して,特に回転運動の計測について述べる。例えば半導体製造はいまやナノメートルレベルの細線のパターンを作る必要があるが,そのためには相応の測定装置が必要である。

半導体製造や工作機械に不可欠な直動ステージを考える。ステージを図1の線(a)の方向に動かしたいとして,実際にはその他の回転成分も生じることになる(図の線(b)・線(c))。これを運動誤差と呼ぶ。3 mm角の半導体チップを考えたとき,1秒の回転運動誤差(1秒は3600分の1度)が生じれば3 mmのタンジェントで15 nm相当の幾何的なエラーが転写されることとなるが,これは現状で数ナノメートルに達している半導体の細線に対して大きな誤差である。実際の製造システムでは,このような運動誤差を測定しながら逐次フィードバック制御を行っている。物体の運動は6自由度で記述されるが,上記の例で6自由度の測定の必要性がお分かりいただけたと思う。知る限り,現状で6自由度を直接一括で測定する手法はないので様々な測定法を組み合わせて6自由度測定を実現している。光学測定法としては,長さ変位計測にマイケルソン干渉計などの各種干渉計や回折光干渉型エンコーダなどが用いられ,角度変位計測には,オートコリメータなどが用いられる。

図1 物体の運動と運動誤差の模式図。運動誤差は製品の設計からのずれ,測定の誤差を生む。精密ものづくりプロセスでは回転運動測定をしながら,直線的な動きの誤差を補正するよう制御する事例もある。
図1 物体の運動と運動誤差の模式図。運動誤差は製品の設計からのずれ,測定の誤差を生む。精密ものづくりプロセスでは回転運動測定をしながら,直線的な動きの誤差を補正するよう制御する事例もある。

2. 光周波数コムによる測定法

上記に関して,本稿で扱う光周波数コムを適用した測定の報告が多数ある。なぜ光周波数コムを用いるかについて述べる前に,まず光周波数コムについて述べる。図2に光周波数コムのスペクトルを示す。光周波数コムは,光周波数が制御されたフェムト秒レーザーのことだと思ってもらってよい(現状の私の研究の範囲内ではその程度の認識であるが,もしかするとより高度な定義を必要とする場面もあるかもしれない。その際はご容赦いただきたい。)。少し具体的に説明すれば,フェムト秒レーザー共振器の発振モードはキャビティ長に応じて縦モード間隔が決まる。このキャビティ長を一定に保たないと,縦モード間隔は揺らぐことになる。これを制御すればよい。同様にキャリアエンベロープオフセット周波数は励起光パワーで調整するなどして揺らぎを制御することができる。さて,このような光周波数コムは名前のように櫛状のスペクトルを持ち,上記の通り,それぞれの櫛の周波数が安定化されている。安定化するための制御の際,リファレンスとなる周波数をGPSに搭載された原子時計から送られてくる1 pps信号と同期すればどこでも同じ周波数基準を用いた測定法が可能となる。また,現在の長さの国家標準は協定世界時と同期した光周波数コム装置となっており,その点も含めて相性の良い装置となっている。

図2 光周波数コムの概要。
図2 光周波数コムの概要。

3. デュアルコム分光による精密回転運動計測とその校正法

よほど繰り返し周波数の高い,すなわち縦モード間隔の離れた光周波数コムを除くと,一般的に光周波数コムの縦モードを分光器で分離して観測することは困難である。そこで,縦モードを分離するために,従来,デュアルコム分光法が用いられている。デュアルコム分光法は繰り返し周波数の異なる2ビームの光周波数コム(ここではコムA,Bと名付ける)を用いる。コムAとコムBのある縦モードに注目したとき,このとき図3に示すようにうなりが差周波数に現れる。この周波数をMHz帯域にすれば,時間発展波形を取得し,フーリエ変換することで,応答スペクトルを得ることができる。

図3 デュアルコム分光法の概要。
図3 デュアルコム分光法の概要。

次に上記の性質を利用した回転運動測定法について述べる。手法はフェムト秒レーザーを用いた角度測定法1)図4)による。この手法は,回転運動を測定したい対象に回折格子を取り付ける。回折ビームをレンズで集光し,集光点に光ファイバーを設置する。光ファイバー端面では,回折ビームは分光されており,一部のみが光ファイバーに入射する。入射した光は分光器により,光スペクトルが分析される。回折格子の回転にともなって取得されるスペクトルの中心波長が変化することから,回転と中心スペクトルが一対一に対応する。これがフェムト秒レーザーを用いた角度測定法の概要であるが,この手法とデュアルコム分光法を組み合わせたのが本稿で紹介するデュアルコム角度計測法である。

図4 フェムト秒レーザーによる角度測定法。
図4 フェムト秒レーザーによる角度測定法。

手法の概要を図5に示す。方法は上記の方法とほぼ同様であるが,この手法では,2本の光周波数コムビームを回折格子に入射する。うなりの振幅は2本の光周波数コムビーム強度の積であるため,取得される光スペクトルが2乗される形となり,従来のフェムト秒レーザー角度測定法より狭い応答スペクトルが取得でき,結果的に中心波長の決定精度が高まると考えられる。

図5 デュアルコム分光による角度測定法。
図5 デュアルコム分光による角度測定法。

本手法で得られる角度応答スペクトルの例を図6に示す。光周波数コムの縦モードが分離された形で応答スペクトルが得られているのが分かる。このような手法で我々は0.1秒の高い角度分解能を持つ計測法の開発に成功した。

図6 本手法で測定された角度応答スペクトルの例。
図6 本手法で測定された角度応答スペクトルの例。

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