1. はじめに:酸素摂取と健康長寿
超高齢化社会を迎えた我が国において,健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されずに生活できる期間)の延長は喫緊の課題となっている。日常生活に支援が必要となる心身の衰え「フレイル」1)の要因の一つは筋量・筋力・筋機能の低下(サルコペニア2))であり,筋力や歩行速度の低下による定量的な評価法が整備されてきている。しかし,筋量・筋力がすでに低下してしまった時点から,高齢者が筋力トレーニングを行うなどの介入を持続的に行うことは難しい。筋量や筋力の変化に先駆けて生じる「筋機能の低下」を早期に発見し,その予防や筋機能の維持につなげるために,より定量的で使いやすい運動機能評価技術の開発が求められている。本稿では筆者らのグループが取り組んでいる,非侵襲光計測による筋機能の評価技術について紹介する。
2. 局所筋の酸素消費を非侵襲的に計測する光工学技術
身体の運動機能や全身持久力,循環器機能の評価指標として知られる最大酸素摂取量(VO2max)は,1923年にHillによって提唱されて以来,100年以上にわたって広く用いられている3)。しかしVO2maxの計測にはトレッドミルなどを用いた限界までの運動に加えて呼気ガス分析が必要となるため(図1左),高齢者や呼吸器・循環器患者には適用できず,ヘルスケアへの応用には困難が伴う。
一方,運動生理学分野では局所筋機能を精査する目的で,1990年ごろから組織光イメージング法の一つである近赤外分光法(near-infrared spectroscopy:NIRS)を用いた酸素消費率(metabolic rate of oxygen consumption:MRO2)の計測が行われるようになった4)(図1右)。疲労や加齢によって効率の悪くなった筋組織では,一定負荷の運動を行うために必要な酸素量が増加すると予想される。したがって局所筋MRO2の簡易な測定が可能となれば,最大負荷を与えることなく安心・安全な筋機能評価が可能となる。
NIRSは,血液中の赤血球の酸素化状態に応じて近赤外波長の吸光度が変わる性質を利用して,組織の酸素化・脱酸素化ヘモグロビン濃度および酸素飽和度(tissue oxygen saturation:StO2)を計測する方法である。体表面から入射された近赤外光は,赤血球による吸収を受けながら組織を通過して再度体表面に戻り,その帰還光の強度が計測される。血中の酸素化ヘモグロビン,脱酸素化ヘモグロビンはそれぞれ波長に応じて吸光度が変化するため,2波長以上の光に対して組織の吸光度を計測すると,酸素化ヘモグロビン,脱酸素化ヘモグロビンの濃度を計測することができる。NIRSの計測方法には,光を連続的に照射し多チャンネル化が容易なcontinuous wave NIRS,パルス光照射によりヘモグロビン濃度の絶対値を計測可能なtime-domain NIRS,受光量の空間的な勾配からヘモグロビン濃度を計測するspatial resolved NIRSなどがある5, 6)。
近年ではNIRSセンサの小型化が進んでおり,ウェアラブル化がすでに実現している7)。しかしNIRSで計測される組織酸素飽和度の情報のみから酸素消費率を計測するには,動脈の閉塞による駆血(血流の遮断)を行って組織への酸素供給をいったん止め(図1右),その直後からの酸素飽和度の減少率を測定する必要がある。そのため,運動を計測の都度中断する必要があり測定が煩雑であること,さらに駆血には痛みを伴うことから(血圧計測時のカフによる「締め付け」をご想像いただきたい),高齢者に対する適用の障壁となっていた。
駆血を行わずに運動中の組織酸素消費率を算出するためには,フィックの原理
[O2]a:動脈血酸素含有量
OEF:組織酸素抽出率
BF:組織血流量
に基づき,組織に流入する血液量BFと組織が酸素を取り込む割合OEFとの積を計算する必要がある8)。OEFは正確には動脈血と静脈血の酸素含有量から求めるが,動脈血の酸素飽和度や全血液量に対する静脈血量が一定であると仮定すると,ベースライン(安静状態)からの相対的な組織酸素抽出率rOEFは
として,StO2の情報から導出できる9, 10)。ここで,StO2baseは計測の基準となるベースライン時点でのStO2を指す。