組織に供給される血流量BFの計測には,組織内における近赤外光の拡散現象を利用して組織の血流速度を求める拡散相関分光法(diffuse correlation spectroscopy:DCS)を用いる(図2)。DCSでは,生体深部まで到達可能な長コヒーレントレーザー光をマルチモードファイバーで生体表面から入射する。入射光は組織内の赤血球により拡散を繰り返し,再び生体表面に帰還した光子がシングルモードファイバーにより検出され,フォトンカウンターで計数して光子数の時間変化の関数I(t)を得る。血流速度が遅く,生体内の赤血球の位置関係の時間変化が少ない場合,I(t)の時間変化は少ない。一方,血流速度が速く,光子が入射するたびに赤血球の位置が大きく変化する場合,I(t)はランダム波形に近づく。DCSではこのI(t)のランダムネスを自己相関関数g2(τ)により評価し,g2(τ)の減衰が速いほど血流速度が速いとみなす。図2右下は流量を調節可能な生体ファントムにより行ったDCSの実証実験の一例であり11),疑似血液の流速が速くなるほどg2(τ)の減衰が速くなることを示している。
DCS計測において光が照射される組織の範囲は一定体積と仮定できるので,DCSで計測される組織血流速度の指標は末梢組織の血流量の指標BFと考えてよい12)。NIRSは組織による光吸収から赤血球の酸素化・脱酸素化ヘモグロビン濃度を計測するが,DCSは光拡散の度合いから赤血球の移動速度を計測する手法であり,同じ近赤外光を用いる生体機能計測手法でありながら得られる情報は異なる。NIRSから得られる相対的な組織酸素抽出率rOEF,およびDCSで計測される組織血流量のベースライン(安静状態)からの変化量rBFを用いて,相対的な組織酸素消費率rMRO2は式⑴,⑵より次のように求めることができる。
我々の研究グループで開発したDCS-NIRS同時計測システム13)は,これまで別個の装置で計測されていたDCSとNIRSについて,DCSの計測系を用いてNIRSも同時に計測可能とした点に新規性がある。同時計測を可能とするため,1波長の近赤外光と1対の入射‐受光プローブから構成される通常のDCSシステムに以下の変更を加えている(図2)。⑴2波長の近赤外光を交互にスイッチングしながら照射し,NIRSで必要とされる複数波長における組織の光吸収を計測可能とした。⑵2本の受光プローブを設置し,spatial resolved NIRS計測を可能とした。光プローブを皮膚表面に装着するだけで,局所筋組織の血流速度,酸素飽和度,酸素消費率を同時に計測でき,図2左下に示すような筋運動時の計測も可能である。NIRSから得られるStO2に加え,DCSによる血流量BFを同時計測することで,筋の健康の指標となる運動時の酸素消費率を定量的に評価することが可能となった。
3. 「筋の健康」プロジェクト
科学研究費(21K19738)の助成を受け,開発したDCS-NIRSシステムを用いて20代から90代のボランティア被験者224名の上肢・下肢運動中の筋血流応答および酸素消費率を計測した。現在,年代・性別による筋機能データベースの作成中であるが,得られた結果の一部を図3に示す。最大握力の40%の張力で断続的なハンドグリップ運動を行った際のBF,StO2,rMRO2を示している。一定負荷の運動を行うために必要な血流量,および運動の実行によるStO2の減少量が,加齢とともに増大していることがわかる。同負荷の運動を行う場合でも,高齢群(60代,70代)は若年群(20代,30代)より3割以上多い酸素消費が必要であり,加齢による筋機能の低下を裏付ける結果となっている。興味深いことに,中年群の酸素消費率は高齢群とほぼ同等であり,筋機能の低下がすでに40代以降から徐々に始まっていることを示唆している。
4. 今後の展望と実用化に向けた課題
生体組織の代謝機能を計測するDCSおよびNIRS技術とそのヘルスケアへの応用について概説した。目に見えない筋機能を可視化する本技術は,紹介した加齢研究の他にも,筋電気刺激によるリハビリテーション効果の評価8)や,理学療法・運動介入の効果測定14〜16),アスリートや作業者の筋疲労の定量評価17),術中および集中治療室における末梢循環状態のモニタリングなど,様々な分野での応用が期待できる。
実用化に向けての課題はレーザー光源および光子カウントモジュールの小型化,およびファイバーレスな計測の実現である。近年では高額な長コヒーレントレーザーよりもコヒーレンス長が短いCAN型レーザーダイオードを用いてDCSを計測する試み18)や,シングルモードファイバーと単一光子計測器の代わりにマルチモードファイバーとCMOSカメラを用いて信号対ノイズ比の高い血流計測を実現するspeckle contrast optical spectroscopy19)などの新しい血流計測手法も提案されてきている。医工学の研究者として,いつかは自ら開発した機器で人命を救い,人々のレジリエンスを強化する手助けができればと考えて日々研究を行っている。今後,共同研究や企業との機器開発もさらに推進していきたいので,本稿をご覧になって興味を持っていただけたら,ぜひ気軽にご連絡いただければ幸いである。