3. 物質内部の伝熱機構と温度変化の差異
ここでは図2に示したように土壌有機物と土とで,温度変化の傾向が異なる理由について,内部の伝熱機構の違いから説明する。本技術は加熱光を強度一定で照射することから,土壌表面に時間的に一定の熱流束が加わる。加熱面内をおおよそ一様に加熱すれば,熱は主に深さ方向に移動し横方向への熱移動は無視できるほど小さい。また一般に土壌を構成する物質の熱拡散性は極めて低いため,相当程度の時間,温度変化は物質全体に及ばない。以上のことから,この伝熱現象は半無限固体の表面から一定の熱流束が与えられる一次元非定常熱伝導として捉える事ができる。深さ方向をzとすると,単純な一次元の非定常熱伝導方程式として式⑷のように表す事ができる。ここでTは温度,tは時間,ρ,c,λはそれぞれ密度,比熱,熱伝導率である。これを初期温度T0とし,表面から熱流束qsが一定で加わるとして解析解を求めると,表面(z=0)の温度変化は式⑸で表す事ができる。
式⑸より,熱物性値であるρ,c,λが一定であれば,表面温度は時間の平方根 に比例して変化する事が分かる。土や砂は密な固体であるため,内部の伝熱機構は熱伝導のみであり,また温度上昇による熱物性値の変化は無視できるほど小さい。このことから,表面温度は式⑸で表されるように時間の平方根に対して直線的に変化する。それに対して,稲わら,バークたい肥,木炭などの粗大な土壌有機物は内部に空洞を有する多孔質体である。多孔質体内の伝熱機構には固体による熱伝導に加えて,空隙部の気体による熱伝導と対流熱伝達,さらにふく射輸送も関与する。ふく射輸送は温度依存性を示すことから,多孔質体では熱伝導による熱輸送が変化せずとも見かけの熱伝導率が変化することが知られている7)。光学的に十分に厚い媒体の場合,ふく射における光子は媒体によって吸収と散乱を繰り返しながらランダムに拡散することから,ふく射場は拡散方程式として近似的に扱う事ができる8)。これは拡散近似と呼ばれ,ふく射流束qradは以下のように媒体内の温度勾配に比例する9)。
温度勾配の係数はふく射輸送による見かけの熱伝導率と捉える事ができる。見かけの熱伝導率が三乗に比例することから,温度が上昇するにしたがって,絶対温度のふく射輸送に起因する深さ方向への熱移動が著しく増加することが分かる。その結果として,表面の温度上昇に寄与する熱量が減少し,温度は上昇しにくくなる。これが多孔質体である粗大な土壌有機物を加熱した場合に,表面温度の上昇率が徐々に低下する理由である。このように熱伝導率が温度依存性を示す場合の熱伝導方程式は,以下のように表される。
これは式⑸のような解析解を得る事ができないが,数値解析によって熱伝導率が温度の三乗に比例する場合と一定の場合について,表面温度の時間変化を計算した結果を図3に示す。熱伝導率が温度の三乗に比例する場合,時間の平方根に対して温度上昇は徐々に緩やかになる事が確認できる。土壌有機物を加熱した際の特徴的な温度変化は,温度上昇に伴って多孔質体内部の熱移動に対するふく射輸送の寄与が増加するためである。このことから,本技術は内部が密な固体と,内部に空洞を有する多孔質体とを識別する技術であるとも言える。