3. TADF活性な8の字型π共役分子の創出
8の字型分子であるCBBC1の構造に着目すると,2つのベンゾフェノン部位がオルト位で連結した分子とみなせる。過去にはアクセプター分子であるベンゾフェノンの周辺にカルバゾールのようなドナー性含窒素複素環を置換させた分子がTADF特性を示すことが報告されている5)。そこで,筆者はCBBCの周辺部にカルバゾールを置換させた分子を新たに創出すれば,優れたCPL特性とTADFの両立が実現するのではないかと考えた。
標的分子の合成を図5に示す。無置換のCBBC1に対し,濃硫酸中,8.0当量のN-ヨードスクシンイミド(NIS)を作用させたところ,2,7,10,15-テトラヨードCBBC2が収率58%で得られた。得られたヨウ素化体2に対して,パラジウム触媒存在下,カルバゾールを作用させ,Buchwald-Hartwigクロスカップリング反応を行ったところ,標的分子3が収率59%で得られた。
得られた分子3に対して単結晶X線構造解析を行った(図6)。中央のCBBC部分構造に着目すると,無置換の場合と同様に,8の字型を有することが確認できた。なお,ここでそれぞれのカルバゾール部位とCBBC部位との二面角を求めると,二面角のうち1つが88°と他の3つ(48−52°)と比較して大きく,全体としてはD2対称ではない。しかし,理論計算によって標的分子の最安定構造を求めると,全ての二面角が等しいD2対称な構造が求められた。したがって,後述の各種分光測定においてはD2対称な構造が支配的だと推定される。
化合物3について,脱気したトルエン中における紫外可視吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルを測定した(図7)。化合物3は350 nm–650 nmの領域にドナー−アクセプター型分子に特徴的なブロードな吸収と蛍光を示した。蛍光スペクトルのピークトップは515 nmに観測された。次に,化合物3を3,3′-ジ(9H-カルバゾール-9-イル)-1,1′-ビフェニル(mCBP)に5 wt%の濃度でドープした薄膜をドロップキャストにより作製した。蛍光測定を行ったところ,525 nmにピークトップを有するブロードなスペクトルが与えられた。蛍光量子収率ΦFLは24%であった。蛍光寿命測定を行ったところ30 nsと6.9 μsの2つの成分が与えられた。蛍光寿命におけるマイクロ秒オーダーの長寿命成分の存在はTADF活性な分子に特徴的である。
分取用キラルHPLCを用いて化合物3の光学分割を行った。充填剤としてはダイセル社のCHIRALPAK IAを用いた。展開溶媒としては塩化メチレン/ヘキサン=1/1の混合溶媒を用いた。詳細は割愛するが,得られたフラクションの絶対構造の決定は,既に絶対構造が明らかとなっている原料を変換することで光学活性な標的分子へと誘導し,その円二色性(CD)スペクトルと各フラクションのCDスペクトルを比較することで行った。これにより,第1フラクションを(M, M)体,第2フラクションを(P, P)体と決定している。
光学分割後のサンプルについて,トルエン溶液中におけるCDおよびCPLスペクトルを測定した(図8)。その結果,両者のいずれのスペクトルに関しても,エナンチオマーどうしで鏡像関係となるスペクトルが得られ,Cotton効果が確認された。また,CPLのg値の最大値は1.0×10–2と,狙い通りの高い値であった。また,mCBPに分散させた薄膜中でも高効率なCPLは維持されており,そのg値は9.1×10–3であった。
九州大学の安田先生にラセミ体の化合物3を用いたOLED素子の作製を実施して頂いた(図9)。発光層としては,化合物3をmCBPに5 wt%の割合で分散させた混合膜を真空蒸着によって作製した。得られた素子は508 nmを中心とした半値幅64 nm,CIE座標(x, y)=(0.21, 0.54)の緑色発光を示した。最大外部量子効率は3.8%で,100 cd/m2における外部量子効率は3.6%であった。今後は光学活性な化合物3を用いて円偏光有機発光ダイオード(CP-OLED)を作製する予定である。