半導体量子ドット薄膜により光増感した伝搬型表面プラズモンの高精度イメージング

4. 伝搬型SPPの物理特性評価

3章では本研究で開発した方法論により金属-誘電体界面の伝搬型SPPが伝搬する様子を表面分極ビートの空間分布として明瞭に観測できることを示した。すなわち,分極ビートの解析によってSPPの波数を算出できる。本章では励起波長を変化させて分極ビートの観測を行うことで,SPPの分散特性が評価可能であることを示す。図4(a)(d)は,図3で示したものと同様の試料において,励起波長を780 nmから870 nmまで変化させたときのSPP伝搬の様子を示している。この結果から,励起波長が長くなるにつれて,分極ビートの間隔が広くなることが分かった。一連のデータの積分強度プロファイル(図4(e))を解析して得られたksppと角周波数ωの関係(SPPの分散)を図4(f)に示した。

図4 (a〜d)CdTe QD薄膜(5層)を施したプラズモニック試料からの蛍光顕微像の励起波長依存性。(e)各励起波長でのラインプロファイル。(f)SPPの分散関係。(g)(f)から得られたSPPの位相速度と群速度。
図4 (a〜d)CdTe QD薄膜(5層)を施したプラズモニック試料からの蛍光顕微像の励起波長依存性。(e)各励起波長でのラインプロファイル。(f)SPPの分散関係。(g)(f)から得られたSPPの位相速度と群速度。

一般に,金属-真空界面におけるSPPの分散(実線:計算値)はライトライン(点線:ω=ck, cは光速)よりも高波数側に傾き,ωp /√‾2(ωpはプラズマ周波数)近傍でこの値に漸近する振る舞いをする。前述のKretschmannの式から,誘電体薄膜の形成によりその界面を伝搬するSPPの波数はさらに高波数側にシフトすることが予想されるが,図4(f)はその分散関係を実験的に評価していると言える。さらに,この分散曲線からSPPの伝搬速度に関する重要な情報が抽出できる。すなわち,SPPの位相速度vpはω/kにより与えられ,よりこの周波数領域では光速の90%程度であると評価した(図4(g))。さらに,SPP波束の伝搬速度に対応する群速度vgは,分散曲線の傾きdω/dkから評価でき,ここでは光速の71%と定量化することができた。

このように,本研究で開発した方法論では伝搬型SPPの空間発展を明瞭に可視化できるだけではなく,励起波長を変えることによりSPP分散の評価が可能であり,そこから位相速度や群速度といった時間発展に関する情報も得られる。SPPの物理特性は,誘電体膜の種類や膜厚に極めて敏感であり,これまでにも著者らによるPEEMでの観測により,sub-nm以下の誘電体膜厚の変化や界面での化学結合の有無によるSPP変調が,表面分極ビートに反映されることを明らかにしている10)。このことから,SPPの物理特性を実験的に評価する本手法の確立は,SPPと光機能性が織りなす機能を巧みに制御したデバイスなどの構築,最適化に高く貢献できると考えられる。

5. まとめと展望

本研究では半導体QD薄膜を増感材とすることでSPPの伝搬様式を明瞭に観測するとともに,その波動物理特性の評価が可能であることを示した。このように,金属と100 nmオーダーの誘電体薄膜との界面に埋もれたSPPを直接的かつ簡便な方法で観測したことは,SNOMやPEEMなど従来の観測手法で抱えていた本質的な課題を克服するものである。従って本研究は,伝搬型SPPの観測を大幅に簡素化し,大気下でかつ汎用性の高い手法で精密評価しながらプラズモニックデバイスを設計・高度化することを可能にするものであり,当該分野を飛躍的に発展させるための基盤技術を創出したと言える11)

現在は,複雑なプラズモニック構造において制御したSPP伝搬を可視化する取り組みや,ポンプ-プローブ光学系を用いたフェムト秒時間分解SPPイメージングに着手しており,方法論としての高度化を進めている。また,誌面の関係で本稿では紹介できなかったが,増感剤として用いる半導体QD薄膜が界面を伝搬するSPPにどのような影響を及ぼすのかという課題は大変興味深く,光機能性物質とSPPとの相互作用の本質を解明する糸口となると考えられる。実際にこれまで,QD薄膜の膜厚によっては伝搬型SPPの物理特性が変調を受けることを明確に観測しており,機能性物質とSPPを適切に制御した新たなプラズモニックデバイスの創生にも展開できると考えており,今後の発展にご期待頂きたい。

謝辞

本研究はコニカミノルタ科学技術振興財団,三菱財団,村田学術振興財団,文部科学省卓越研究員事業(No. JPMXS0320220123),科学研究費補助金(基盤研究No. 23H01939,20H02549)の支援を受けて行われた。半導体量子ドットの合成と薄膜化は金大貴教授(大阪公立大学)との共同研究によるものである。一連の試料作製,測定データの取得,解析,議論に際しては本研究室の学生である鎌田一輝氏(博士前期課程1年)の多大な尽力に支えられた。上記に深く感謝申し上げる。

参考文献
1)Yin, L., et al. Appl. Phys. Lett. 85, 467-469 (2004).
2)Kubo, A., Pontius, N. & Petek, H. Nano Lett. 7, 470-475 (2007).
3)Shibuta, M. Eguchi, T. & Nakajima, A. Plasmonics 8, 1411-1415 (2013).
4)Yamagiwa, K., Shibuta, M. & Nakajima, A. ACS Nano 14, 2044-2052 (2020).
5)Shibuta, M. & Nakajima, A. J. Phys. Chem. Lett. 14, 3285-3295 (2023).
6)Bu, H. et al. Phys. Chem. Chem. Phys. 15, 8, 2903-2911 (2013).
7)Tee, T., et al. Nature Commun. 11, 5471 (2020).
8)Kretschmann, E. Z. Physik 241, 313-324 (1971).
9)Johnson, P. B. & Christy, R. W. Phys. Rev. B 6, 4370-4379 (1972).
10)Yamagiwa, K., Shibuta, M. & Nakajima, A. Phys. Chem. Chem. Phys. 19, 13455-13461 (2017).
11)渋田昌弘,金大貴,鎌田一輝,特願 2023-146121, 2023年9月8日出願.

■Imaging of Propagating Surface Plasmon Polaritons Sensitized by Thin Films of Semiconductor Quantum Dots
■Masahiro Shibuta
■Department of Physics and Electronics, Graduate School of Engineering, Osaka Metropolitan University
シブタ マサヒロ
所属:大阪公立大学 工学研究科 電子物理系専攻 光機能工学領域

(月刊OPTRONICS 2024年3月号)

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