2. プラズモニック試料とSPPの観測方法
伝搬型SPPを可視化するためにモデルとなるプラズモニック試料として,SPPの励起源となる単純なエッジ構造を施した金(Au)基板(Arrandee社:膜厚250 nm)上にスピンコートにてポリマー(PMMA:ポリメタクリル酸メチル)薄膜を作製した(図2(a))。このような金属-誘電体薄膜構造は,伝搬型SPPを用いた導波路の金属保護膜やプラズモニック太陽電池におけるキャリア活性層として想定されるものである。SPPを可視化するために,本研究では水熱合成法6)により作製したCdTe QD(粒径3 nm)をLayer-by-layer(LBL)法7)にてポリマー薄膜上に積層した。LBL法はQDの保護配位子の静電相互作用を利用することで,基板上にQDを稠密に配列させるとともに,その積層数を精密に制御することが可能である(図2(b))。
これまで著者ら行ってきたPEEMを用いた研究ではフェムト秒レーザーを励起光とした2光子励起過程を光電子として検出する3〜5)。この類推から,伝搬型SPPの可視化には2光子励起過程を伴う光学応答を検出することが有効であると考えた。光源にはチタンサファイアフェムト秒レーザー(COHERENT:Mira900-F, 76 MHz, 740−920 nm, 100 fs)を用い,試料表面に入射角(θ)をもたせて集光した。蛍光顕微イメージングでは長作動対物レンズ(×100:シグマ光機)を取り付けた横置き顕微鏡ユニットを自作し,顕微画像はCMOSカメラ(Thorlabs 社:2.1 Mpixel)にて取得した(図1)。2光子励起蛍光のみを検出するために,顕微鏡鏡筒にはショートパスフィルター(カットオフ波長700 nm)を挿入している。図2(c)に,QDを5層積層させた試料からの2光子励起蛍光(アップコンバージョン蛍光)スペクトルを示す。ここでは,フィルターを透過した蛍光をファイバ分光器に取り込んでいる。QD層からの蛍光は目視でも確認でき,イメージングに十分な強度であることを確認した。
3. 伝搬型SPPの観察
図3(a), (b)に5層のQD薄膜を積層したプラズモニック試料(図3(b)はQD無し)からの蛍光顕微画像(励起波長780 nm)を示す。励起光は紙面左方向から右方向に向かってθ=71°で試料上に入射されている(矢印)。紙面の縦方向に沿ってみられるエッジ構造からレーザーの入射方向に伝搬するような縞状の模様が明瞭に観測された。積分強度プロファイル(図3(c))から,この縞模様の間隔は3.90 µmであった。特徴的な縞模様はQD層を施さない試料(図3(b))では得られないことから,これがQD層からの2光子蛍光の空間分布に由来していることを確認している。伝搬型SPPは光と異なる分散関係(角周波数ωと波数kの関係)をもつことから平坦な金属-誘電体界面では励起されず,ここで準備したエッジ構造のような平坦さが崩れる場所でのみ励起される。従って,図3(a)で見られた縞模様は,励起光により生成した伝搬型SPPの空間発展を反映していることを示唆している。
Kretschmannの式8)によると,金属-誘電体界面における伝搬型SPPの波数ksppは,
と与えられる。ここでεvac,εmおよびεdは真空,金属および誘電体の誘電率,k0は励起光の波数,hは誘電体層の厚さである。励起光の波長(800 nm)における金の誘電関数(εm=ε′m+i ε″m=–24.061+1.5068i)9),ポリマーの誘電率(εd=2.2031)および膜厚(ここではh=86 nm)を用いてkspp=8.66×106 m–1と計算される。図3(a)で得られた縞模様が伝搬型SPPに由来するものであると考えると,試料表面においてはSPPに由来する表面電場分極とSPP励起に用いられなかった光との干渉が起こるはずである。そこで,ksppと励起光により試料表面に投影される電場ベクトルk0の表面並行成分kx(kx=k0 sin θ=7.43×106 m–1)との差として表面電場分極の「ビート」成分をkbeat(kbeat=2π/λbeat(実験値3.90 µm)=kspp–kx)と表現すると,kspp=9.04×106 m–1が得られた。この値は先に計算したksppの値と良い一致を示しており,本研究において,半導体QD層を増感剤とすることにより界面を伝搬するSPPの空間分布を可視化することに成功したといえる。
上記で述べた伝搬型SPPの観測原理は,これまでフェムト秒レーザーを光源としたPEEMによるものと類似している3〜5)。しかし先にも述べたように,PEEMでは1)超高真空でのオペレーションが必要であることから装置が大掛かりとなる上に,2)超高真空に導入可能かつ励起光のエネルギーにより光電子放出が起こる試料(清浄な金属やその上に作製した極めて薄い(数分子層)誘電体薄膜)にしか適用できず,実際のプラズモニックデバイスで想定される10〜1000 nmオーダーの誘電体薄膜に「埋もれた界面」のSPP観測が困難であるという課題があった。本研究で開発した方法論により,大気下環境で汎用の光学顕微鏡により金属-誘電体界面の伝搬型SPPの観測に成功したことは,これまで基礎研究のみに限定されていた評価方法を応用展開に向けて大幅に簡素化するとともに,実デバイスを含む幅広い試料のSPP評価を可能とするものである。