3. テラヘルツ波発生検出に向けたBi系III-V族半導体の点欠陥制御
第2章では,半導体レーザ品質の,結晶成長の方向性としては高品質結晶が必要になるデバイス応用について述べた。結晶成長中のBi原子の存在が結晶の品質の高さを実現することにどのような影響をもたらしているのか解明することもまた学術的に興味深い。
一方,第1章で述べた通り,Bi系III-V族半導体は400℃以下の低温成長が必須であることから,元来点欠陥が結晶内に取り込まれやすいと容易に想像できる。筆者はそこで,Bi系III-V族半導体の結晶欠陥を生かし,デバイス応用することにも挑戦している。そのデバイスがテラヘルツ時間領域分光法(THz-TDS)におけるTHz波発生検出素子にしばしば使用される光伝導アンテナである。
THz-TDSは,保安検査や医薬品の不純物検査,生体試料の測定,電子材料の非破壊検査・基礎物性評価など幅広い領域で利用できることが期待されているセンシング技術である。THz技術分野では,このTHz-TDSをより実用的にするため,低コスト化,省スペース化することが求められている。これを実現する手段の一つが,光伝導アンテナの光源に用いられている大型で高コストなTi:sapphireレーザを小型で低コストのファイバーレーザに置き換えることである。
光伝導アンテナ用材料は,その動作機構から,高抵抗,高移動度,短キャリア寿命という3つの特性を有することが求められる。それを非常によく満たすのが300℃以下の低温で結晶成長した低温成長GaAsである。GaAsを低温で結晶成長すると,アンチサイトAsやGa空孔といった点欠陥がGaAs結晶内に多数取り込まれ,GaAsの禁制帯内にこれらの点欠陥由来の準位が形成される。また,低温成長後に600℃程度の熱処理を行うことでアンチサイトAsがAs凝集体に変化し,これらの点欠陥やAs凝集体の存在によって高抵抗と短キャリア寿命が得られる15~17)。
また,GaAsは元来移動度が高い材料であるため,低温で成長した場合であっても比較的高い移動度が維持される。このため低温成長GaAsがTHz波発生検出用光伝導アンテナに用いられてきたが,GaAsのバンドギャップはTi:sapphire レーザの発振波長に対応する0.8μm帯であるため,光伝導アンテナの駆動光源をファイバーレーザに置き換えるためには,ファイバーレーザの発振波長である1.0μm帯や1.5μm帯に禁制帯幅が位置する新しい光伝導アンテナ用材料が必要となる。
筆者は,光ファイバーとの接続も可能とし,よりフレキシブルなTHz-TDSシステムが構築可能となるよう,1.5μm帯に発振波長が位置するファイバ ーレーザを光源に利用可能な光伝導アンテナ用材料を探索している。その中で,Bi系III-V族半導体を活用するという考えに至った。
GaAsにIII族元素のInを取り込むと伝導帯下端が,V族元素のBiを取り込むと価電子帯上端がそれぞれGaAsのものより低エネルギー側と高エネルギー側にシフトする。そのため,元来Bi 系III-V族半導体が必要とする低温成長によってInGaAsBiを得て,結晶内に適切に点欠陥を取り込めば,InとBiの組成をMBE成長によって制御することで,フェルミ準位を禁制帯の中央に位置させながら禁制帯幅が1.5μm帯の半導体材料とすることができると期待される(図2)。
GaAs系やBi系両III-V族半導体は元来,移動度が高い材料として知られているため,低温成長InGaAsBiで光伝導アンテナに必要な高抵抗,高移動度,短キャリア寿命の3つの特性を満たすことができると考えられる。筆者はこれまでに,まず三元混晶の低温成長GaAsBiのMBE成長に取り組み,250℃の低温成長であっても,同じV族元素のAsとBiのMBE成長時の分子線量比を適切に設定することでBiが成長方向に均一に取り込まれ,表面偏析が抑制された単結晶GaAsBiが得られることを示した(図3,図4)18, 19)。
また,成長温度を250℃から180℃に下げるだけでアモルファスGaAsBiが得られることも報告した18, 19)。現在,低温成長GaAsBiの熱処理による構造評価20)や目標の四元混晶である低温成長InGaAsBiのMBE成長を進めているところである。この半導体材料の光伝導アンテナ特性(テラヘルツ波発生検出特性)を早急に明らかにしたい。