2. 点欠陥生成エネルギーの評価
比較的質量の大きい中性子線などを想定し,これらが太陽電池セルを構成する半導体結晶中の原子を弾性散乱し,点欠陥を作ることを考える。本研究グループでは,このような微視的な変化を考察するために,原子スケールの計算手法である密度汎関数理論に基づく第一原理計算を用いて研究を進めている。欠陥生成エネルギーを計算し,宇宙線による点欠陥の生成しやすさを評価する。図1のように,始状態として欠陥のない完全結晶モデル,終状態として点欠陥を有する結晶モデルとはじき出された孤立原子とを考え,それぞれのエネルギーをEper, Edef,Eisoとする。点欠陥生成エネルギーEformは以下の式で表される。
まず,基本的なIII族窒化物であるAlN,GaN,InNについて,III族原子,窒素原子の欠陥生成エネルギーを計算した。結果を図2に示す。黒い丸が,III族原子点欠陥,中抜きの四角が窒素点欠陥の生成エネルギーをそれぞれ示している。また,参考としてSiの欠陥生成エネルギーを破線で示した。エネルギーが大きいほど欠陥が生成し難いことを示している。III族,窒素原子ともに,欠陥生成エネルギーの大きさはAlN > GaN > InN の順となった。
最も欠陥ができやすい結果となるInNにおいても,Siと同程度であるため,III族窒化物はSiと比べても欠陥が生成し難い傾向があると言える。すなわち,III族窒化物が高い放射線耐性を有する可能性を示唆している。III族元素と,窒素の欠陥生成エネルギーがGaNと,AlN,InNにおいて一見逆転しているが,これはむしろ,それぞれのIII族窒化物おいて,III族原子と窒素原子の散乱されやすさにほとんど差がないととらえるべきであると考えている。
つまり,欠陥の生成エネルギーの大枠は,散乱される原子が,隣り合う4つの原子との共有結合を断ち切るエネルギーである。III族原子,窒素原子のいずれが弾き飛ばされる場合も,4本のIII-N間の共有結合を断ち切ることに変わりなく,このエネルギーには差がない。実際InNについて,欠陥生成エネルギーはIn,N欠陥でほとんど変わらない。ただし,欠陥が生じた後に構造緩和した結晶の安定性には差があり,これが最終的なIII族,窒素欠陥生成エネルギーの差となって表れている。Ga欠陥が生じた場合,緩和後の構造が比較的安定であるため,欠陥生成エネルギーが小さくなっている。この構造安定性の要因については,さらなる考察が必要である。
一方で,欠陥生成エネルギーはIII族元素の種類によって大きく異なる。欠陥生成エネルギーは先述の通り,主にIII-N間の共有結合を断ち切るエネルギーで説明できると考えられるが,共有結合の強さは,III族原子の大きさの違いに起因して変化すると考えられる。例えば, AlNにおけるAl-N原子間結合を2原子分子モデルで考える。Al-N原子間距離は,GaNやInNに比べて短い。これは,AlNの価電子がGaNやInNに比べてより原子核に近い軌道を運動しているためであるが,これにより価電子は強いクーロンポテンシャルによる束縛を受ける(閉じ込められている)。
このとき,結合性準位(結晶では価電子帯)と反結合性準位(伝導帯)の分裂はより大きくなり,結合による安定化の度合いが大きくなるため, Al-N間の結合エネルギーも大きくなる。このことは, AlNが大きなバンドギャップエネルギーを持つ要因でもある。このように,AlNやGaNでは,その強い共有結合のために,特に高い放射線耐性を持つ可能性があると言える。
さらに,GaNを基本として,Al,Inを少量混ぜたAlGaN,GaInN混晶について,欠陥生成エネルギーを求めた。ここでは,GaNより長波長側のバンドギャップを得るために重要なGaInN混晶の結果について紹介する。図3にGaInN混晶モデルを示す。手前に位置するピンク色の原子がInであり,緑色はGa,小さい原子が窒素である。III族原子54原子中,1原子をInに置き換えている。各モデルにつき,1原子の窒素を欠陥させ,その欠陥生成エネルギーを,欠陥とInの間の距離についてまとめた結果を図4に示す(中抜き四角)。
破線は, GaNにおける窒素の欠陥生成エネルギーである。2Å近傍の2点の結果は,In原子に直接結合する最近接窒素原子の欠陥生成エネルギーであり,ほかに比べて明らかに低い値を示した。一方で,第2近接より遠い窒素原子については,ほとんど純粋なGaN中の窒素欠陥エネルギーと変わらない。このことから,混晶の影響は非常に局所的であることがわかる。先述のように,欠陥生成エネルギーは結合を断ち切るエネルギーがほとんどであり,In近傍の窒素が欠陥しやすいという結果は,In-N間の結合がGa-N間の結合よりも弱いことが反映された結果であると考えられる。
広い波長の太陽光を効率的に利用するためには,任意の組成のIII族窒化物混晶を作製し,バンドギャップエネルギーを制御する必要がある。可視光から赤外にかけての長波長域をカバーするためには,高いIn組成を持つGaInNの利用が重要となる。一方で,In原子近傍の窒素が欠陥しやすいことから,In組成が大きくなることにより,放射線による損傷を受けやすくなる可能性があることが分かった。
宇宙用太陽電池において重要な放射線耐性を考慮した機器設計の指針となるべく,今回のIII族窒化物半導体にとどまらず,様々な半導体材料についての欠陥生成し難さについて知見を蓄積し,より良い材料探索と提案をしてゆきたいと考えている。