1. はじめに
人工衛星や宇宙探査機など,宇宙空間において自律的に運用される機器類において,太陽電池はエネルギー供給源として必須のサブシステムである。宇宙機器は宇宙空間へ輸送して用いるという特殊な利用条件があるため,大きさ,重量について制約を受ける。
このため,宇宙用太陽電池の材料は,地上における汎用太陽電池において主流のシリコン半導体よりも変換効率に優れた,化合物半導体が多く用いられている。またさらに変換効率を高める素子構造として,多接合太陽電池が採用されている。単一の半導体材料によって作られる太陽電池は,入射光の持つエネルギーのうち,材料固有のバンドギャップエネルギー以上のエネルギーを持つ光を電子の励起に使うことができ,それに満たない光子は透過する。
バンドギャップエネルギーを大きく超えるエネルギーは熱となり捨てられる。多接合太陽電池は,これらの損失を最小化するために,異なるバンドギャップエネルギーを持つ半導体薄膜層を重ねて効率的に光エネルギーを利用する。近似的な条件のもとではあるが,透過・熱損失を考慮して,効率を最大化する各層のバンドギャップエネルギーの組み合わせを試算したところ,3層では1.89/1.20/0.65 eV,4層では2.08/1.42/0.95/0.50 eVと計算された。
このような結果は各層の最適なバンドギャップエネルギーの組み合わせの指標となるが,実際に,3接合の結果はおおよそ,広く衛星用太陽電池として用いられてきたInGaP(1.86)/InGaAs(1.40)/Ge(0.67 eV)3接合セルに近い値となっている1)。近年は,Geを用いた多接合セルよりも電流整合性を高めるため,組成制御によってバンドギャップを変調可能な混晶化合物半導体を用いるものが主流となりつつある2, 3)。
このような混晶化合物半導体の中でも,我々はIII族窒化物に着目している。III族窒化物半導体は,主に窒化アルミニウム(AlN),窒化ガリウム(GaN),窒化インジウム(InN)の同種の材料群を指す。ワイドギャップ半導体であるAlN(バンドギャップエネルギー6.2 eV),GaN(3.4 eV)とナローギャップ半導体であるInN(~0.7 eV)であるこれらはいずれもウルツ鉱構造の結晶構造をもち,III族元素の比率を変化させることで,幅広いバンドギャップエネルギーをほとんど連続的に網羅可能なポテンシャルを持つ材料として盛んに研究されてきた。
これらのバンドギャップエネルギーの取りうる領域は,上述の多接合太陽電池に最適なバンドギャップをほとんどカバーしており,組成制御のみによって,効率を最大化する各層のバンドギャップを得ることが期待できる。ここで,宇宙機器類は,高エネルギーの放射線が絶えず降り注ぐ環境下で運用される。このため,宇宙用太陽電池においては,効率の最大化とともに,放射線耐性を考慮した機器設計が重要となることから,我々は宇宙線によって生じる欠陥による太陽電池セルの劣化に着目し,点欠陥生成エネルギーを通じてIII族窒化物半導体の放射線耐性の評価を行っている。